*基地外の生活

 海軍を除隊して マッサージパーラーのドアボーイの口にありついたオレは
 まったくの世間知らずだった。
 目の前に転がっている恐喝のネタをおよそ三十ほど見過ごしたあげくに
 地方銀行の副頭取のスキャンダルにまきこまれて
 身動きもできなくなった

 詳しい事情を話すつもりはない
 というよりも、話そうにも、実のところ
 何もわかっちゃいないんだ
 結局、オレみたいな海軍あがりの泣き虫は
 自動ドア以下なんだな

 きっと こういう時には
 何か しゃれたジョークでも飛ばすべきなんだろう
 なにしろ 取調室のデカは
容疑者のジョークが大好きだ
 そして、そのジョークに笑いもせずに
「で?」
 と先をうながす
 そういうのが、大好きなんだ、デカっていう人種は

 副頭取は もしかしたら 高校生の愛人に
 不当な要求を突き付けられて 取り乱してしまったのかもしれない
 だからあいつは ドアボーイの不愛想を
 必要以上に脅威に感じて あんな醜態を演じたのかもしれない

 そしてまた悪いことにオレは まったくのデクノボウだった
 いまさら反省してもはじまらないが
 オレという男は、手旗信号程度のコミュニケーション能力しか持っちゃいない
 結局、海軍で教えられた以上のことは
 なにひとつできやしないんだ。

点呼の時の大声と
起床ラッパへの俊敏な反応には
いまでも自信があるけれど
そんな能力が 海軍以外のどこで役にたつだろう
誰もラッパを吹かないこの世界で
オレは
何をすれば良いのだろう
パニックを起こしたかわいそうな初老の男の
被害妄想の標的になる以外に
オレに何ができるだろう

 まったく
 除隊してからロクなことがない
 軍隊の苦労はそりゃあひどいもんだったけど
 程度が低い分だけ対応しやすかった 
 ところが
 基地の外の苦労には 一定のパターンがない
 とてもじゃないけど
 カウンセラーの甘言に乗せられて すらすらと告白できるような  単純な話ではない

 カウンセラーと医者は
 オレを神経衰弱扱いにする
 オレがやっかいな被害妄想をかかえていて
 ニセの記憶を育てているとかなんとか
 オレを中傷している
 ひどいと思わないか?
 オレが海軍にいなかっただなんて
 海軍にいたことだけが
 オレのほとんど唯一の心の支えだっていうのに

 看護婦も看護婦だ
 屋根裏部屋で踊るのが 私の十年来の朝の日課です、と
 オレが正直に話したら
 何を誤解したのか
 オレを同性愛者だと思ったらしい
 おまけに、あのいけ好かない医者の色情狂の女房は、自分に興味を示さなかったオレを恨んで
 冷血漢呼だと言いふらして歩いている

 ホモの冷血漢 だぜ
 まったく
 病院の人間は
 自分に打ち解けない人間を
 すべてホモの冷血漢ってことにするのか?
 それとも、医療関係者ってのは
 大学の教室で習った分類におさまりきらない人間を
 敵視するものなのか?
 で、彼らなりの短絡でもってレッテルを貼って
 視界から排除して
 そうやって、医学の純潔と神聖を防衛しているつもりなのか?

 まったく
 どうかしてるぜ
 オレが海軍にいなかっただなんて
 どうしてそういう出鱈目をおもいつくことができるんだろう
 オレの認識番号がただの郵便番号で
 オレの階級バッジがふりかけのおまけで
 オレの除隊写真が予備校のクラス会写真だなんて
 何の根拠があってあいつらは……(未完)
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