1984.7/10〜
By Tako-ashi O'Dadge

*リュウの朝
ぼくが目をさますと
彼女はもう起きて、口紅をひいていた
そして、フランス映画みたいにぼくにキスして
「悪い夢でもみてたの?」
って言った
ちがうんだベイビー、
あんたがぼくの悪い夢なんだ
 
*胃魂
けったくその悪いもののけったくその悪さについては
おれはちょっとしたオーソリティーだ
たいていの場合おれは、たいていの奴の機嫌をとってやることにしているが
それは単におれが礼儀正しいだけで、断じて(いいか、断じてだ)友情とか連帯とか愛とか、そういう納豆くさい感情のせいではない
たとえば、おれはなぜあんたの胃が毎朝痛むのかを知っている
要するに、あんたの胃は、あんたにうんざりしていて、あんたに栄養を供給することを拒否しているんだ
当然じゃないか
おれがあんたの胃だったら自殺してるよ
 
*センチメンタルフール
雨上がりのみずたまりに
きみの水色のスカートが映っている
ぼくが もうすこし馬鹿だったら
飛び込んでしまうだろう
 
*愛の水族館
きみの吐いた空気を吸っていると思うだけで
ぼくはリウマチになることができる
空気は重みを増し
粘つき
カーテンは海草のようにうごめく
音楽は泳ぎ出し
言葉はあぶくになる
そして
愛の息苦しさの中で
ぼくたちはえら呼吸を始める
 
ベッドに腰掛けて、
きみは、あの無関心な表情を浮かべている
例によって、太陽が頬に描く影を計算しながら
首を少し傾けている
きみは
サナトリウムの女王みたいだ
喀血しないでいるのは、きっと何かの奇跡だ
 
ぼくがゲロを吐かないのは
何も食べていないからだ
約束してもいい
ぼくは、きみと一緒なら
食べたものをぜんぶゲロに変えてみせる
たぶん
ぼくは自分の胃袋を吐くようになるだろう
大腸も小腸も、肛門も吐き出して
ぼくは裏返しになるだろう
そう、淫売女が脱ぎっぱなしにしたナイロンのストッキングみたいに、裏返しになって横たわるのだ
本当にそうなったら良いと思う
ぼくの眼は
もう自分の内部しか見なくてすむから
 
バクが来て、夢を食べて行く
甘い、栄養の無い夢
名刺入れが池の中に沈んで
百匹のムカデになる
何の役にも立たない、不潔でひからびた夢
バクだっておなかをこわすに違いない
ブックエンドの錆
じゅうたんの中に棲んでいる目に見えない虫
ぼくたちのあいだにはよけいなものが多すぎた
それでも
六月の晴れた日の夕方には
すべてのうそが本当らしく見えた
あの
打算さえもが輝く別れの時間に
ぼくたちは
二つの腐ったイチゴみたいに
甘い匂いを立てていた
ゆっくりと靴を脱ぎながら
ぼくを見上げたとき
きみは
まぼろしみたいにきれいだった
くちびるの端にタバコをはさんで
煙を見つめながら
ぼくは
しばらくの間死んでいた
 
いまでも土曜日の夜には
すこし淋しくなる
きみが、ぼくの心臓を掴んだまま
行ってしまったから
 
*シルヴィーノの味
大地震の後のしばらくの間、ぼくはネコを食べて暮らしていた
ネコの名前はシルヴィーノ
教養ある女性に愛されたフランス名前のペルシャ猫だ
にぎりこぶしほどの肝臓を、ぼくは生で食べた
その時の苦い味と、いやな舌ざわりを、ぼくは毎朝思い出す
	思い出は、夜明けにやってくる
	叶わなかった夢、果たされなかった約束
	ガラスのテーブルに押しつけられたやわらかいからだ
	坂道に捨てた手帳
	回復不能の悔恨
	信号機の色を宿した瞳
	縁の欠けた陶器の灰皿
	そういったすべての くだらない思い出
誇り高いシルヴィーノの肝臓は苦く、血はいやな匂いがした
食べないで記念にとっておいた尻尾には虫が湧き
眼球は水分をなくしてペシャンコになった
ちなみに言えば シルヴィーノの飼い主は
答えにくい質問をしたあとで こっちが黙っていると
首をかしげて答えをうながすようなマナーを知的な社交術だと思い込んでいる
至極いやらしい女だった
猫の尻尾ほどの魅力さえ欠いているがゆえに 虫も湧かないその女には
恐らく アウシュビッツを乗り越えたラビだって耐えられなかったと思う
シルヴィーノの肝臓にしたところで 何の理由もなく
苦味を蓄えていたわけではない
 
*兄弟
やあ、久しぶり
元気だよ 毎日バリバリお仕事さ
どうなだい そっちは なんとかなってるか
ああ、そう、そいつはよかった
休みがとれたら 遊びにこいよ
なんにもないけど 愚痴ぐらい聞いてやるぜ
まあね、あいかわらずだよ
タバコはやめたけど どうってことないね
なんにもかわりゃしない
雨が降ったら ぬれるだけ
なるように なるだけさ
どっちにしたって、兄弟 ろくなことはない
この世の不潔は今にはじまったことじゃないし
おれにしたって胆嚢にダイヤモンドをかかえてるわけじゃないんだ
そう くだらねえんだよ、兄弟
徹底的にくだらねえんだ
トルティーヤの焼き加減みたいなことについて、どっかのだれかにデカい面をされているうちに、昼休みは終わって、お祈りの時間が始まる。しかもキリストのあほうは何も聴いちゃいない。そういうことなんだ
ねずみのクソだってもう少しましな匂いを立てるとおれは思うね
そうだとも、これは断言してもいい
おれたちのいる場所は地獄でさえないんだ
 
 
*胸に石をかかえて
長い階段の薄明りの中で
きみを待っている
爪先をかたくして
くちびるを白くして
きみを待っている
とかげの翼
ゴムのトランペット
煙のステーキ
ありもしないものを
ぼくは数えはじめる
きみを
まっているんだ
きみのことばを
まっているんだ
胸に石をかかえて
きみを待っているんだ
風は行き先を忘れ
星は無意味に尖っている
今夜 東京の地下を走る6千万本の電話線は
ひどく 冷えこんでいる
きみがぼくに電話をよこさない理由を、ぼくは
二千個思い浮かべることができる
けれども
きみがぼくに電話をよこすための理由は
ひとつしかない
そのひとつをきみが持っていないこともよくわかっている
でも、それはぼくがきみからの電話を待たない理由にはならない
いずれにしろぼくは、形容過剰の風に乗って、きみの知らない場所に行かなければならない
のどに虫が湧いたみたいな気分で、駅の階段を歩かねばならない
対象を知らない嫌悪の熱にむしばまれて、ぼくの顎は日に日に尖って行く
教えてくれ
きみに口があって、声を出すことができるのなら、そして、きみの頭の中に少しでも記憶が残っているのなら
教えてくれ
僕には何ができて、何ができないのか
いったい、この世の中に
手にはいらないものがいくつあるのか
手にはいるもののうち
失わないですむものがいくつあるのか
教えてくれ
ベツレヘムからゴルゴタに行くまでの間に
何を持って行って、何を残していけばいいのか
そして、きみのその無関心の真の原因が、単なる低能のせいであるのか
それとも、きみの心の中に住んでいた僕が、動脈溜かなんかを破裂させて死んじまったからなのか
 
*ピットロードの英雄
最後のカーブを曲がりそこなって ピットロードの手前のタイヤブロックに突っ込んで行く時
自慢をするわけじゃないけれど
ぼくは冷静だった
いつかこんなことになるだろうって ずっと前からそんな気がしていたから
だからぼくは 間に合わないブレーキペダルに右足を乗せながら 救急隊員が あとで記者の取材に答える時に 得意になって披露したくなるような しゃれたセリフを考えていた
でも 実際には 救急隊員が来たとき ぼくは ただ泣いていたらしい
予選24位らしくもなく
 
*飴と無知
ねえ、金魚にも肝機能障害はあるのかしら
彼女はときどき変な質問をする
それらのすべてに答えるのはとても大変なことだ
ねえ、私がもしも牛になったら、あなたはわたしのからだをブラシで磨いてくれるかしら
それともあなたは驚いていないふりをするためにお酒をのむのかしら
そう
きっと飲むんだわ
ねえ、お酒を飲んでいないときのあなたってほんとうに天使みたいな人だけれど、天使っていうものはお酒を飲まずにいられないものなの?
酔っ払わないと人間の世界に居られないものなの?
 
お願いだから、そうやってぼくをくるしめるのはやめてほしい
それから、ぼくがお酒を飲むのは、驚いていないふりをするためじゃなくて、お酒を飲んでいることを忘れたいからだ
それに、ビールをやめるためにはウイスキーが必要だし
ウイスキーを切り上げるのにはどうしてもジンが要るんだ
そういうことを知らないきみのような人は
酒を飲むのに理由が必要だと考える
まるで、タコの足が8つの情熱の証拠だとでもいうみたいな調子で
  
*ステイ ウィズ ミー
ウォールストリートジャーナルの記者のような明敏さで
私は適切な切符を切る
ステイ ウィズ ミー
アイ ミス ユー ベイビー
イモなロックには不可欠な 英語のたわごと
あるいは、ガラスのような透明な悲しみ
背景のない生活
生活のない背景
 
おぼえておいてほしい
おれについてひとつ言えることは
いつも機嫌が良いわけじゃないってことだ
ついでにもうひとつ言っておこう
いいか、被害者はおれのほうだ
あんたのそのうじうじした舌っ足らずのしゃべりかたを聞く度に、こめかみが冷たくなるほどいらいらしているのは、ほかならあぬ、このおれなんだ
これだけはわかっていてもらわないと困る
たしかに、おれはあんたに優しくなかった
「くずれやすい砂糖菓子」みたいに扱いはしなかった
そういうことで傷ついたり心を痛めたりするのはあんたの勝手だが、おれを恨むのはやめてくれ
おれとしては、あんたの顔に灰皿を投げつけないでいるぐらいが精一杯の優しさなんだ。
まあ、そういうわけだから
なるべくおれの前に顔を見せないでくれ
あんたが首でもくくってくれたら
香典はいくらでもだすよ
ホントに
 
 
*地下鉄のマリア
腐ったミカンのような夕日が湖の向こうに沈む
外交官の妻は今夜も眠れない
一枚ずつ夜が剥がれてゆく時
彼女の虚栄はすこしずつ空しくなる
寒さで硬くなったレザーの手袋
血の染み込んだ食器
眼球の中の痛み
壁は日を追ってもろくなり
彼女の指は曲がったまま戻らなくなる
感情に由来しないすべてのものを彼女は憎む
ゆえに、彼女の唇はいつも白い
そうやって彼女は世の中の不実に耐えているのだ
不実
彼女にとっては靴下が水色であることさえ不実だ
彼女にとっては、あらゆるものが当然そうあるべき色と違う色をしているのだだから
だから
怒りに燃える目を輝かせた彼女は
反復的な動作を繰り返す
狂った母親のように
手負いのヤマネコのように
あるいはマケドニアの痩せた兵士のように
内在的な怒りをのどの奥にたくわえ
改札口の暗がりに立ち
ポケットの中の手袋に爪を立てながら
彼女は爆発的に叫び出す準備を完了している
昼間の月のように気高く
アスファルトのように孤独に
彼女は胸を張って歩く
あらゆる坂道に にくしみの刻印を残し
時をさかのぼる 銀色の船に乗って
彼女は行く
けばけばしく、華麗で、安っぽく押し付けがましい 過剰適応の小爆発
俗悪にして細心なロココ趣味の再構築
ある種の魚のようなエレガンス
上半身の動かない歩き方
美への希求
不毛にして真摯な、美への希求
ああ
彼女は、被害者よりも加害者のほうが美しい事を知っている
だから、その両者を、彼女は演じる
たった一人で
 
*ブラームスはきらい
そう、その通りだ
その女流作家は 食事の場面を描く時に
雲と風のことばかり書く
「よくかんでのみこんでおなかいっぱい」
とは書かない
ブラームス?
聞いたことないね
ましてあんたみたいな自意識過剰の年増とコネをつけるためならなおさらだ
百姓のエレガンス
百姓のファンタジー
たったひとつのくちづけが
二年間をこなごなに打ち砕いてしまう
でも私は偶然を愛さない
あくまでも下品に
最後まで不機嫌に
右半分で笑う
そして、ジョルジュとヴィクトールがフランソワのために歌を歌う
だけど、フランス人だから、oの音を発音する時には、
口がケツの穴みたいになる
にもかかわらず、フランソワの両足の親指の間には何かがあると
シルベスターは信じている
結局、連中はそろいもそろって、アホウなのだ
  
*トルコ石の思い出
白い歯で言う嘘なら、なんでも信じてしまうあなたに
私は何を言ったら良かったのでしょう
あなたは、自分で新しい靴を買うたびに、その靴を憎んでいました
そういう時、女の子は何を言ったらいいのでしょう
ただスカートを風になびかせて、首を傾けていればよかったのでしょうか
いかにも無雑作らしくポケットに丸めて入れたお金で
あなたが買おうとしていたのは、焼いたとうもろこしだけだったのでしょうか
それともトルコ石の指輪や、さんごの首飾りや、でもなければ8月の海辺の、映画に出てくるような思い出だとでもいうのでしょうか
 
インド洋のどこかにある
むらさき色の岩穴で暮らす
心のまっすぐな真珠貝になら
本当の気持ちを話してもいいって
いつかあなたは言っていましたね
どうしてあなたはことばをかざるのでしょう
仮に、真珠貝があなたの話に耳を傾けたとして
真珠が曇らずにすむと思っているのですか?
それになにより真珠貝には耳がありません
あなたの愚にもつかない告白は
ホラ貝にでもきかせてあげなさい
入り口を閉ざすことのできない巻き貝なら
あるいは聴いてくれるかもしれません
とはいっても、
ホラ貝の螺旋状の心は
あなたの話を言葉通りには聞かないでしょう
いつだったかあなたが言っていた渦巻き状の曲解だけがあなたの話に耐える唯一の方法だからです
 
で、オレの心の中の
ねじくれまがったホラ貝は
超音速のかなしみを
辛抱強く攪拌して
ついに一個の真珠を作った
が そのねじれた真珠の表面に映るオレの顔は
流れ去る記憶のように曖昧な螺旋状の涙で覆われていた
 
*神経
雨の中をきみはやってくる
でも、傘でかくせるものには限度がある
きみの貧弱な策略は
ぼくが「なぜ」といえば、それだけで壊れてしまう
そうかもしれない
ぼくの残酷さがもうすこし大らかなものだったら
ぼくたちの地獄は、ずいぶん住みやすくなるだろう
それに、きみの沼の底から浮かびあがるメタンガスのあぶくも、いくぶんかは耐えやすい匂いに変わるかもしれない
でも、そんなことに何の意味がある?
二人して寄り添いながら、お互いの匂いに我慢し続けて
やってくるはずもない救助の手をまつなんてことに
そうやって一寸伸ばしに死んでゆくことに
自分が何を知らないのかについて何も知らないきみのような人と、議論をしたり黙り比べをしたりしながら、忍耐力の限界枠を無限に広げ続けていくことに、ぼくは、もう積極的な意味を見出せそうにない
わかってるよ
偶然にこぼれ落ちた絵の具の染みだって、絵といえば絵といえないことはない
そういう意味では、きみだって人間の仲間ではあるのだろう
でも、空を飛ぶもののすべてが美しいわけでないのとおなじように、あらゆる人間が神経にさわらないわけではない
実際、きみは神経にさわる
運動神経
迷走神経
自律神経
副交感神経
すべての神経に
きみは気づいていないだろうが
地面はいつでも微妙にゆれていて
空は一秒ごとに色を変えている
そしてぼくは 口の中で自分の舌を噛みながら
きみのすべてに とてもつかれている
 
教えてほしいものだ
ぼくはそんなにも無防備に見えただろうか
足よりも大きい靴をすすめられるままにはいて
そのままウェディングロードを駆け抜けるほどに
もちろん 誰もが適切な靴を自分で選べるわけではない
それはきみの言う通りだ。
が、とすれば、つまるところ、生活力のある人が好きだなんていうセリフを目の前で吐き出されて
気を悪くしないような男がきみのタイプだったってわけで、おそらくは、そういう神経のありようが、きみの生活力の根源なのだろう。
生活力
確かに、生活にはある種の力が不可欠だ
しかし、期待される才能が生活力だけでしかないのだとしたら、その男は農耕馬にも劣る間抜けってことにならないか?
ぼくは そんなに間抜けに見えたんだろうか?
きみのかぼちゃの馬車を曳きながら
12時1分過ぎにお城の門の前に現れて
裏方仕事が自分のいきがいである旨を全世界に向けて宣明しつつ
泥まみれの生活力で
水たまりの上に背広を投げ出し
いつも笑顔でいることがきみの仕事だよ
なんて言うような
 
*黄色い眼
古本屋のおやじは黄色い目をしている
閉店前に本の整理をする時
神様のことは考えない
彼の見てきたものは
彼の目を
古い本のページと同じ色に変えてしまった
証券会社は株を買わないかと電話してくる
おやじは
「古本を買わないか」
と返事をする
古本屋のおやじは
本を読む奴が大嫌いだ
連中が活字をインク以上のものだと
本気で考えているからだ
ダニだって
インクのないところを食べるというのに
 
*歯磨きのススメ
歯を磨け
一心に歯を磨け
おれは歯を磨いているやつが一番好きだ
歯を磨いているやつは
口をきかないから
歯を磨け
おまえのようなやつは
死ぬまで歯をみがいていろ
世界中の人間がみんな
一日中歯を磨いていたら
きっといい世の中になるだろう
歯を磨いている時、人間は
決して嘘を言わないから
 
この際だから言っておこう。
おまえの頭の中にうずくまっている小作人風のマキャベリズムは
カーテンさえ動かせやしない
おまえはこんぶのように腰くだけで
一人前に憎むこともできない
肩に乗せたオオワシだって本当はおまえを軽蔑している
おまえは翼がないうえに、脳味噌さえない。
どうにもならないよ
ねぎはねぎ、いもはいも、おまえはおまえさ
 
*ハッピーエンド
あの日 非常階段の手すりに寄りかかって
ぼくが言ったことばは
ぜんぶウソだった
夢のような日々の連続とくりかえしのなかで
ぼくは夢のなかの人間のようにいきていた
少し笑ってから
うそをつくとき
ぼくの胸には 静かな銀色の感情が広がった
きみの白い横顔が
ぼくのとまらないうそを聞き流してゆくのを見ながら
それでもぼくはハッピーエンドを夢見ていた
愚にもつかないハッピーエンド
決して流れない長い午後の時間のなかで
ぼくたちがしばしば観にいったうすっぺらなアメリカ映画の
愚にもつかない
ハッピーエンド
本当のことを言おう
ぼくはあんなふうになりたかった
バスケットコートに立つ脚のながい主人公みたいに
 
*アイスクリームパーラーのヴァレンティノ
わかったよ、もうこれくらいにしておこう
無表情を作って
さいごの言葉を言おう
パンツの脱ぎ方をもったいぶったところで
夜はいつでも同じだ
おまえたち女ときたら
いつもつまらないことで泣き出す
風の強い夜には
町中の犬が怯える
行き先を知らない鳥のように
ぼくの心はさまよう
それにしてもきみは
泣いたり 黙り込んだり くちびるをかんだり
とつぜんむこうを向いたり
パンツを脱いだり
そういうことしかできないんだね
 
アイスクリームパーラーで
上手なうそをついて
耳を赤くしてぼくは歩いた
いいや なんでもないんだ
クリスマスにあげるようなものは
なにももっていない
世界が花びらでできていると
ぼくに思い込ませようとしても
それはむだなことだよ
クリスマスにあげるようなものは
なにもないんだ
散歩のついでにベルを押しただけさ
 
*自分自身
「おれはいつでも自分自身でありたいんだ」
はは
こいつは大学で何をふきこまれてきたんだろう
おれはオウム返しに言ってやった
「おまえはいつでもおまえ自身でありたいというわけだね」
 
*嘔吐許可証
先生、ゲロを吐いてもいいですか
先生は授業中にゲロを吐いていいと言いましたか
でも先生
先生は「でも」なんて言って良いと言いましたか
だけど
「だけど」もいけません
いいですか皆さん
今後一切、この教室ではゲロとでもとだけどは禁止です
 
課長、会議中はなはだ勝手なことを言って恐縮なんですが、わたくし、この場を借りまして、ひとつゲロを吐きたいと考えておるのですがいかがでしょう
佐藤クン、困るねえ、ゲロは自宅でプライベートに吐くようにとキミには常々言ってあるじゃないか
山田クン、吐かせてあげなさい
しかし部長……
しかしという言葉は私は嫌いだ。えっ、山田クン、いいじゃないか、若い者がゲロをはきたいと言っているんだ。思う存分吐かせてあげなさい
部長、ありがとうございます。それではまいります
げええ、うげえええええ、うげうげうげえええええ
 
*夢のさめぎわに
水たまりの中の太陽みたいに
たよりないきもちで
夜明け前の街を行こう
どのみち、行くあてはない
そう
ぼくはフリーランスの生物学者で
彼女は、野心あふれるタイピストだった
彼女がほほえむ時
川は逆流し
木々の葉は色を失った
私自身の最も甘美な夢の中では
月の光が芳香を放ち
あらゆるほら穴にゴルフセットが置き忘れてあった
つり橋の向こうには鳥の国があり
湖の底には死者の王国があった
しかし、実験と観察と夢想の繰り返しは
私の喉にフルートを埋めこみ
線路の上に身を投げかけた女のことを思い出させた
ハンカチは汚れ、湿気を含んだ風は
スタンドカラーをぐしゃぐしゃの液体に変えた
それでも私は、朝食を残さなかった
 
この町のまんなかを
きたない川が流れる
たぶん海までこの調子で
流れていくんだろう
昼下がりの浅い眠りみたいに
ときどき、からだをピクつかせながら
そして
夢のさめぎわに ぼくは
ちいさな声をあげる
たぶん もう
どうにもならないだろう
誰にだって 口にしたくない名前がある
誰にだって 苦手な生き物がある
夢のさめぎわに
ぼくは ちいさな悲鳴をあげる
なにもかもが
あんまり澄んだ色をしているから
 
*ビートの終焉
レポート用紙になぐりがきにされた安っぽい過去と
クレジットカードが暗示する百平方メートルの未来
こういう観念的なことを言わなきゃならないオレの身にもなってくれ
詰まった当たりのレフト前ヒットで試合の流れが変わり
事務の女のコが 昼飯をエサに 露骨にオレを口説きはじめる
気をつけた方がいい
と 同僚が言う
お前はなめられているんだ
そうだとも
派手なサスペンダーを装着して
不機嫌な陽気さでインク瓶をひっくり返しているオレは
最終的にはいつもなめられている
なめられないことだけを念じて
こんなにもながい間生きてきたのに
いつも 脳足りんの解剖学者に切り刻まれながら
愛想良くキャンディーを配って歩いているんだ
オーバーアクションの田舎の車掌みたいに
疲れ切った乗客に好感を持たれたくて
心臓をどきどきさせているんだ
 
最後にあった時 あいつは
「またね」
っていいやがった
おれは、ばかみたいにニヤニヤして 手を振ってた
やることなすこと ビートがない
鳩に豆やってる老いぼれみたいに からっきしいくじがない
ふた言目には、笑えないジョーク
恥の上塗りだよ
だってそうじゃないか
バースデーカードなんか ぐずぐず書いたりして
肝心な時はいつも 靴のよごればっかり気にしてる
実際、やりきれたもんじゃないな
いつからこんなになさけない男になったんだろう
毎朝かみそり負けしてる ビートのない男に
いつからなっちまったんだろう
 
*こどもたちの夏はおわりだ
諸君
たいへんに残念なことだが
私には すでに フロギストンが無い
我々の目論見は
線路工夫の口笛のように
風の中にきえてしまった
もはや我々には
語るべきことばも
ともに囲むべきテーブルもない
しかも これらの運命は
悲劇として 不潔に過ぎている
諸君
最後のビールに 乾杯は不要だ
静かに ゆっくりと グラスを空けよう
どこかの田舎町の駅前で
キャバレーのマッチを配りながら
静かに
ゆっくりと
消えてゆくのだ
もう こどもたちの夏はおわりだ
 
*のしいか
とりたててめずらしくもない 進行性のかなしみのなかで
彼は のしいかを食べる
軽蔑するもののタネがつきた時 彼は のしいかを食べながらテレビをみる
銀紙を噛んだ時のような ちいさな痛みが 胸のなかにひろがるとき
彼は ビールに手をのばす
国家権力は
彼のような男から酒税をまきあげるために
あらゆる場所に悲しみの砂をばらまいている
木曜日の朝
歯に詰まった前夜ののしいかをうかつにも呑みこんだ彼は 会社を休む
課長は 決してわかってくれない
2組で150円のパンティーストッキング
不機嫌な芝犬
くだらないものを おれは見すぎたようだ
ここがタクラマカン砂漠なら
おれは 余計なことは考えない
ペルセポリスを目指して くつのひもをしばっている
 
*りんご野郎
右手でウイスキーを売っておいて
左手で胃薬を売る
といったような仕組みで、この世界はできあがっている
人の好い顔をして
愛だとか
平和だとか
せぐろいわしだとか
そういうことを言っている野郎は
リストからはずされて
ズボンをおろされて
たぶん 殺される
ずいぶん昔の話になるが
私が少壮の物理学者だった頃
ニュートンをバカにしたおかげで
腐ったりんごを食べさせられ
森の中で眠らされたあげくに
王子さまは蓄膿だった
ニュートンは りんごが落ちると言ったが
腐ったりんごが落ちるとは言わなかった
そして 当然のことながら
それでも地球は回っている
だから私は 教養のない人と付き合うのはいやだと
口を酸っぱくして言っているのだ
かつおが大きくなるとまぐろになるとか
アルマジロのメスはせんざんこうだとか
ピョートル大帝がアンネフランクにしょんべん入りのシャンペンをふるまったとか
ペンギンは雨が嫌いだとか
そういう俗説をしりぞけるために
私は、一日の大半を論争に費やさねばならない
これは 口で言うほどたやすいことではない
それゆえ 時々、私の声は汽笛のようにヒステリックになる
(テープさえ投げ込まれるほどだ)
四角いリングロープさえない この無法の戦場で
天才に課される試練は あまりにも苛酷だ
混乱と重圧 蓄積疲労とステンレス製品
黒海沿岸の少数民族の伝説にある通り
我々の生は
あるいは死に向けての儀式に過ぎないのかもしれない
などと 私としたところが ついつい弱気にもなる
そんな時 私を元気づけてくれるのが
ロッテクールミントガム
お口は南極のさわやかさだ
百円
きみもひとつどうだい
 
*陰気なパン屋
そのパン屋ときたら
救いようのない自己憐憫で
オーブンの内壁を塗り固め
腐食性の悲哀をパンに焼きこみながら
ふとった腕の中の静脈血を
濁り放題に濁らせていた
すぺてのパン屋が パンを愛しているわけではないが
そのパン屋ときたら
イースト菌の段階ですでに
敗北していた
なんて醜いそのザマ
今度オレの前でうじうじしやがったら
必ず踏み殺してやるからそのつもりでいろ
というのが その日の神のお告げだった
あたりまえだ
こんな気勢のあがらないデブのパン屋を
神様がひいきにするはずがない
神様が好きなのは
陽気で運の良い奴と 昔から決まっている
運の悪い陰気な野郎を神様が好きだったら
神様は そいつを運の悪い陰気な奴にしとくはずなない
わかるね
 
*アセンブリーライン
アセンブリーラインで会おう
この吐き気がするような世界で
せめて きみとぼくは
同時代の夢なんてことを言わずに
忍耐強く生きていこう
毎日8時間と 残業を2時間
ルーティンワークをやり抜こう
ロボットみたいだなんて
気にするなよ
生きて行くことは
もともとロボット向きなんだ
おれは好きなことをやるなんて言ってる奴もいる
やりたいやつにはやらせておくさ
連中が夢を追うのを
見物しようじゃないか
アセンブリーラインの
パイプの椅子にすわって
凹型鉄板に穴を開けながら
 
*それでも恋は故意
架空名義で恋愛が可能かどうか
おれは区役所の庶務課に問い合わせたが
二十分も待たされたあげくに、管轄外だと言われた
恋愛課の窓口はどこだと聞くと
その役人は
そういう問題は病院で扱っているという
病院の受け付けで聞いてみると
たぶん内科だという
内科に行ってみると おいぼれの医者が出てきて
内科を侮辱しにきたのかとわめいた
精神科にまわされて診察を受けたが
当直のインターンは
「いいですか、恋愛は、学問的には泌尿器科の分野で扱われるべき対象なのです。わかりますか」
と言って、おれを放り出した
しかたなく泌尿器科の窓口に行ってみると
若い看護婦が
「あら、恋愛は小児科よ」
と言って笑う
そして、小児科の医者は言った
「ぼうや、おとなをからかっちゃいけない」
  
*とかげのジョオ
とかげのジョオは親を知らない
卵から生まれたジョオは
幼年期の記憶をひとつも持たない
無慈悲に乾燥した皮膚に
朝露が宿る時
とかげのジョオは
生まれる前の記憶について考える
曲がった鈎爪
硬い、無感覚なウロコ
嗅覚を持たない鼻孔
ジョオはかなしみを知っている
生まれてくることのかなしみを
彼は、誰よりも深く 知っている
だから
二股の ジョオの舌は
誰にも 語りかけない
 
*フェリックス・ザ・リザード
とかげのフェリックスは自分がとかげに生まれた事を神様に感謝していました
とかげは楽しいふりをする必要がないからです
それでも、機嫌が悪い時にはフェリックスは残酷なことを言いました。フェリックスは、ヘビのジョニーを「かたわもの」と呼びました。
ジョニーはといえば、手足がないので楽器は苦手でしたが、天気の良い日に木にぶらさがっていれば良い気分で一日を過ごすことができました
一方、ふくろうのビルは、自分がまだ16歳なのに森の長老と思われていることが、心外でした
 
*リュウ
東側の大きな窓から朝の光が射し込んでいた
火のついていないたばこをくわえて 私は起き上がり
窓のそばまで歩いた
「起きてたの?」
彼女がライターを投げてよこしながら言った
私は返事をせずにたばこに火を点けた
「ねえ」
彼女がベッドから身を起こしながら言った
「あなたは何をこわがっているの?」
「なにも」
「いいえ、私にはわかるわ。確かにあなたは何かにおびえているのよ」
まるでいい女みたいな口のききかたじゃないか。
私は少々頭に来てこう言った
「だとしたら おまえの脇の下の匂いだろうな」
しばらくして彼女が言った。
涙を浮かべていた。
「どうしてそんなふうに残酷になるの? いったい何があなたをそんなふうにおびえさせているの?」
私は彼女が村上春樹の本に出てくる女みたいにふるまうことに 耐えられなかった。
「あばよ天才。きょうのことを小説に書くつもりなら、オレの名前はリュウにしといてくれ」
こう言って私は部屋を出た。
去年の10月のことだ。
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