1月31日 日曜日 晴れ
 華原朋美ガス中毒で重傷。
 え?
 うそだろ?
 自殺未遂説も。
 ……げげげげげ。
 昨日の「高島忠男鬱病」のニュースといい、まったく意表を突くニュースだ。
 オレは何もわかっていなかったようだ。
 朋ちゃんに悩みがあったなんて。
 全然、まるで
 思ってもみなかった。

 ああいう娘のアタマの中には
 悩みのためのスペースなんて無いんだと思っていた。
 ああ
 オレは間違っていた。
 もしかしたら、ハルマゲドンは、もう来ているのかもしれない

 朋ちゃんに悩みがあるってことは
 イギーにも悩みがあるんだろうか。
 ここのところ目つきが暗いのは
 もしかしたら、あいつの心の中にも
 消し難い憂悶があるってことなのか?

 イギーよ
 何かつらいことがあるなら
 おねがいだから
 ひとりでかかえこまないでくれ
 助けになれるかどうかはわからないけれど
 きっと
 一緒に心を痛めることはできる
 中年男性
 トカゲと心中
 スポーツ新聞とブロードキャスターは例によって揶揄するだろう
 いいさ
 かまうことはない
 その頃オレはトカゲの天国で
 コモドのオヤジと
 ヤギのアタマの昼飯を分け合いながら
 記憶を失いつつある


2月1日 月曜日 晴れ
 後楽園に出動。
 午後5時、神保町で打ち合わせ。
 青島都知事、不出馬を表明。
 ジャイアント馬場死去。

 なるほど。
 これは偶然ではない。
 高島忠男が鬱病になったことで、
 華原朋美が世をはかなんで、
 それを知った青島が気持ちをくじかれて、
 馬場さんに至っては死んでしまった……と、そういうことなのかもしれない。

 あのシャイな大男の死因が、高島さんと朋ちゃんに意表を突かれたからだというのは、大いにありそうなことだ。

 馬場さんは大層な読書家だったそうだ。
 ってことは、やはり読書家である以上、
 世の中のすべてを把握したつもりになっていたきらいはあるはずで
 とすれば、意表を突かれることを何よりも恐れていたはずだ。

 ああ
 馬場さんは
 意表を突かれたことを見破られるのがいやで、
 それで死んでしまったのに違いない。
 つまりあの人は、それほどまでに度外れてシャイだったのだ。

 というよりも
 2メートル9センチの身長を持った男が
 シャイでないということは、事実上、不可能だと思う。

 それに比べればオレみたいな小男のシャイなんて、まるで問題にならない。
 まず前提として自己顕示欲があって、
 それを意識するあまり、結果としてシャイになっているってだけの話だ。

 まったく。
 オレは何もわかっていない。


2月2日 火曜日 晴れ
 焼肉を食べた。
 ランチタイムのカルビ定食は800円だった。

 オレが高校生だった頃、焼肉は高級な食べ物だった。
 どういうことなのだろう。
 オレが偉くなったのか。
 それとも焼肉が没落したのか。
 あるいは単に輸入牛肉の関税率とかそういう問題なのだろうか。
 
 夢を見た。
 あなたは焼肉に値しない、と
 華原朋美がオレに言うのだ。

 そうだ。
 バカな夢だ。

 しかし
 朋ちゃんみたいなものにそんなことを言われて
 がっかりしたオレは
 たぶん
 キムチにも値しない。


2月3日 水曜日 晴れ
 「回転鶴亀のびのび座椅子」
 なんだろう、これは。
 昼の時間帯のテレビショッピングの商品は年寄りをバカにしているのだろうか?
「縁起の良い鶴亀の模様がついているんですねえ」
「はい」

 『回転のびのび座椅子』ではまだ弱いと思ったのだろうか?
 パンチがないというのか? 「山田君、もうひとつぐらいなにかお年寄りにアピールする機能はつけられないのかね」
「……はあ、しかし、モノが座椅子ですから」
「座椅子だから何だというんだ?」
「……はあ、機能と申しましても、それこそ鶴亀の模様とかそれぐらいしか」
「おお、いいじゃないか鶴亀。どうだね、柴田課長」
「はっ、絶好のアピールポイントではなかろうかと」
「うむ。山田クン。行きたまえ」
「……は?行くと申しますと、どこへ?」
「だから鶴亀だよ。鶴亀」
「…………」
「不満かね?」
「……いえ、しかし、鶴亀が機能かと申しますと、それはちょっと違うのではないかと……」
「ばかだねえ君は」
「ばかだねえ君は」
「そう思うだろ?柴田クン」
「はっ。鶴亀でゴーです」
「そう。回転鶴亀ゴーゴーのびのび座椅子だな」
「あの……、ゴーゴーは……」
「いけないかね?」
「いや、大変によろしいかとは思うのですが、バーニングプロが郷ひろみ関連のフレーズとして商標登録をしているのではないかと……」
「なに?ゴーゴーが登録商標とな?」
「いや、確かなことは……」
「まあいいや、じゃあゴーゴーは抜きで」
「はっ、ゴーゴーは抜きで」

 まったく。
 世界は本当にくだらないと思う。


2月4日 木曜日 晴れ
 慈恵医大病院に出動。
 当たり前の話だが、病院は病人だらけだ。

 月並みな感想だが、健康は得難い資産だと思う。
 金に換算するといくらぐらいになるだろう。

 いや、いくら価値があろうと、売り買いできないものは資産とは呼ばない。


2月5日 金曜日 晴れ

 ここのところ、夜中に仕事(翻訳だよ)をして昼寝をするせいなのか、夢ばかり見る。
 くだらない夢ばかりで、ちょっとがっかりだ。
 くだらないのは、夢ではなくて、オレなんじゃないのか?
 有為な人間は、もう少し有為な夢を見るものなんじゃないのか?
 それとも、きちんとしたアタマの持ち主は夢なんか見ないのだろうか。


2月6日 土曜日 晴れ
 小学校の展覧会に行った。
 子供たちの絵がどれも見事なのに感心した。

 たぶんNHKだったと思うが、つい最近「子供があぶない」式の番組をやっていて、その番組の中では、人間を無彩色の線でしか描けないアブナイ子供が激増しているってなことになっていたが、そんなことはないぞ。
 どの絵も表情豊かで、色彩も素晴らしかったぞ。
 まあ、だからって彼らの心が豊かなのかどうかは別問題だけどさ。

 きっと、今の子供たちは、オレたちの頃に比べて、よりグラフィカルな人たちになっているのだ。
 グラフィックなものについての感度についてだけ言えば、明らかに進化している。
 だって、色彩だらけだからね、環境が。
 リズム感もそうだ。
 彼らは、ダンサブルでグラフィカルでフォトジェニックだ。

 50代の人間の中には、3人に1人ぐらいの割合で露骨なリズム音痴がいる。
 それが、20代になると10人に1人ぐらいになる。
 今の小学生には、もしかしたらリズム音痴なんていないかもしれない。

 その代わりに相撲は弱い。
 で、ダイオキシン耐性が高い、と。

「20世紀生まれの連中って、ピコグラム単位のダイオキシンでイカれちゃうからなあ」
「結局、ヤワなんだよ、甘い時代に育ってるから」
「13分の7拍子も踊れないし」
「で、相撲だとよ、お得意なのは」
「バカなんだな」
「ああ。ゴリラに勝ってみろってんだよ、相撲で」