12月20日 日曜日 晴れ
 ●天皇杯4回戦
 浦和3−1柏
 久しぶりにサッカーでいい思いをした。
 小野クンは攻守に冴えていた。
 岡野のシュートもまぐれみたいに良かった。
 福田の2点も良かった。
 福田は、いつの間にかいぶし銀のベテランになっている。
 渋い
 と言われたら、フクダは喜ぶだろうか?
 実際、渋いんだけど。
 
 小野も、若いに似合わず 渋い。
 19歳で渋くて良いのか?
 という問題はとりあえず置いといて、私は彼のプレイが好きだ。
 一向にシブくならないオカノもあれはあれで良い。
 シブい岡野には、おそらく何の価値もない。


12月21日 月曜日 晴れ 
 終日昼寝。
 日記を振り返ってみると、どうやらオレは5日に1度ほど、20時間睡眠を取るようだ。
 病気だろうか?
 熱をはかってみると、37度5分。
 微妙だ。
 ぶったるんでいるのか。
 それとも本当に病気なのか。
 あるいは、その両方なのか。

>12月22日 火曜日 晴れ
 早起きをした。
 すばらしい天気だ。
 天気晴朗。  とすれば、波は高いはずだ。  さよう。  こういうGood day sunsineな日は、えてしてつまらぬ出来心が湧き起こってくるものなのだ。
「ひとつWindows98の再々々々々々……インストールに挑戦してみるか」
 おっしゃるとおり。
 バカな思い付きである。
 が、この種の気まぐれは、どうして案外に強力な強制力を持っている。
 というのは、人の行動を決するのは、理性に基づく合理的判断や、経験に裏付けられた大局観ではなく、感情や情念といった出所不明なものを背景に押し出してくる晴天の霹靂の如き気まぐれである場合が多いからだ。
「だってやってみたいんだもん」
 には、誰も抵抗できない。
 少なくともオレはそうだ。
 これまでの短からぬ人生の中で、私は、この種の唐突な思い付き(「啓示」と言うべきかもしれない)を無視できたためしがない
「だってインストールしてみたいんだもん」
 どうして?
「どうしても」
 なぜ?
「なぜも」
 わかったわかったあんたの勝ちだ。
 
「そろそろほとぼりがさめたから、オレのマシンも機嫌を直してるかもしれない」
 と、そう思ったわけではない。
 が、なんとなく、うまく行きそうな気がしてしまったのである。
 だからなぜさ?
「うーん。なんとなく……」
 わかったわかった。
 泣く子と亀頭には勝てない。
 ともかく 気がついた時、わたくしは
「ま、ダメもとでやってみべえ」
 と、いきなりのインストール作業に突入していた。
 結果は以下の通り。
  1. インストール途中で突然のフリーズ
  2. やむなくWin98をアンインストールしようとしたが、アンインストール途中にまたしてもフリーズ。
  3. Win95の再インストールを開始したが、これも途中でフリーズ。
 どうやらシステムファイルの中の何かが書きかえられており、このため、エクスプローラがぶっ壊れてしまったようなのである。とすれば、いずれにしろこのままでは95も98もインストール不能だ。
  1. ってことは、これは、例によってCドライブの¥Windowsフォルダをすっかりデリートしてまっさらなところに再インストールするしかない。
  2. ところがWindowsディレクトリの中にある「¥デスクトップ」の中には大事なデータがいっぱい散らかしてあって、しかもバックアップはとっていない(←とらないんだ、オダジマ!なぜインストール作業前にDドライブに待避させておかないんだ!)
  3. しかも、Win95も立たないので、エクスプローラでいまからデータを移すこともできない。
 困った。
 Dosのコマンドラインからコピーコマンドを実行すればいいのかもしれないが、
  1. コピーコマンドでファイルをコピーするためには、ディレクトリ名の入力が不可欠だが、とすると「デスクトップ」とかいうカタカナをどうやって入力したらいいんだっけ?
  2. ごちゃごちゃに階層化したデスクトップフォルダの中のディレクトリにいちいちはいりこんでコピーコマンドを実行してたら、おい、何日かかるかわからんぞ。

 ってわけで、こういう時はオタクさんに相談するに限る。  相談してみた。
  1. A誌編集部のオタク記者N君に連絡を試みるも「編集部は休みにはいってまして」の返事。うーむ、おのれらは官僚か?
  2. B誌編集部のオタク部隊はそろって不在
  3. P社のSおよび子飼いのオタク君もどこに行ったのか不在
  4. いまや「昔の知り合い」という程度の関係でしかないL社におそらく4年ぶりぐらいに電話をして、「そのへんにオタクはいませんか?」と失礼なことをいってみたところ、経理部の若手君が電話に出てくれた。が、やはり最近の若い者はDOSのコマンドラインのことなど知らなかった。
  5. 麻布の怪人K氏宅に電話。どうせいないと思っていたが、意外にも在宅。しかしながら、「DOSなんて」と冷たい返事。まだマック派の孤塁を守っているようだ。まるでフリューゲルスサポーターみたいだ。
 そのK氏に「村瀬さんに電話をするのはどうだろう」と言ってみた
 爆笑が返ってきた。
 
 うーむ、こう露骨に爆笑されると、さすがに電話できない。
 確かに、こんな程度の低いトラブルで村瀬康二先生をわずらわせるのはあまりに失礼であろう。
 村瀬先生には仕事の関係で何回かお会いしたこともあるし、見方によっては「親しくさせていただいている」と言って言えなくもない。
 が、だからといって「ローマ法王に初歩的な教理問答を投げかけるような(「えっとー、十戒の4番目ってなんでしたっけ?」みたいな)まね」はできない。
「そりゃ、アレですよオダジマさん。ジャンボ尾崎に手袋のマジックテープの止め方きくようなもんですよ」  そうかもしれない。
 で、
E K氏推薦のN氏宅にこれまた数年ぶりに電話をしてみると、さすがにエクセレントな答えが返ってきた。
「最後の手段としては、マックでバッチファイルを書いてフロッピーから実行するという手がありますよ」
 おおおおお、こんな泥臭い裏ワザは昨日今日のオタクには到底考え付かない。さすがだ。さすがにワンチップマイコンからの叩き上げだ。

 と、感動しつつ、さらにいくつかオタッキーな裏ワザを教授してもらい、マシンに向かってみると、なんのことはない、エクスプローラの壊れたSAFEモードのWindows95上から、直接ファイル名を入力してみると、ファイラが動くではないか。

 ってことで、無事にデータを待避させた後にWin95を再インストールして、各種ドライバやアプリケーションを原状復帰させ終えた頃には、夜はとっぷりと暮れ、デスクのまわりには各種のマニュアルやフロッピーが散乱し、腰から首にかけてのあらゆる筋肉からはすべてのグリコーゲンが根こそぎにうしなわれていた。

バカな一日だった。



12月23日 水曜日 晴れ
 天誕。
 終日蟄居して疲れを癒す。
 浦和レッズは清水エスパルスに完敗。
 ペトロビッチの退場が痛かった。
 彼もまたおのれの内に住むならず者に敗北し続けている。
「だってアタマに来たんだからしょうがねえだろ」
 うん。
 気持ちはわかるよ。
 しかし、わが友、ペトロよ。
「アタマに来た時は、深呼吸をしなさい」
 と君の母さんは言わなかったのか?
「でもよ。試合のあいだじゅう息を吸いつづけてるわけにもいかないだろ?」
 ああ
 わが友、ペトロビッチよ。
 きみのいうとおりだ。
 世間は、ぼくたちのような人間にいったい何千リットルの肺活量を期待しているのだろう。
 そして、神はなぜきみのような人間をフィールドに向かわしめたのだろう。
「決まってるじゃねえか。キリストのオ××コ野郎はきたねえファールが好きなんだよ。だから野郎はオレにつらく当たるんだ」
 わが子ペトロよ
 よく聞くがいい
 主イエスは、真摯なフットボールプレイヤーを愛しておられる。
 そのことは間違いない
 ただ、わたしが思うに、主はバックチャージのルールに関する明確な判断基準をお持ちでないのだよ。
 

12月24日 木曜日 晴れ
午前中に新橋の慈恵医大付属病院に行った。
帰りは11時過ぎになった。
ちょうど11時40分頃、内堀通りの大手門前の交差点を通りかかった時に、不思議なものを見た。
やけに信号待ちが長い。
と、まず2頭の馬に乗った騎馬警官が並んで進んで行く。
おい、どうして東京の真ん中に馬が……
と、思う間もなく、続いて2頭だての馬車が3台、粛々と連なる。
最初の馬車は御者のみで車両にはどうやら誰も乗っていない。
後続の2台には、2人ずつ人間が乗っている。
誰だ?
何事なんだ?
というこちらの疑問をあざわらうかのように、馬車の後ろには白馬にまたがった騎馬警官が続く。
そしてその後ろには黒塗りの覆面パトカーがあくまでもゆったりとした速度で東に進んで行く。
おお。
皇居の大手門から出て、東京駅に向かうようだ。
皇室関係の誰かがJRを利用する時にはいつもこんな光景が繰り広げられるのだろうか。
わからない。
天皇にしては、警備が貧弱(たぶん、信号待ちは3分ほどだったはず。沿道を警備の人間が固めていた様子もないし、騎馬警官を除けば、警察車両は1台しかついていなかった)すぎるようにも思える。
とすると、いったい誰だ?
わからない。

馬はとてもきれいだった。
手入れが行き届いているからなのか
それとも、血統からして、もともとああいうふうにきれいな馬なのか
まるで
天から降りてきたみたいに 美しかった
ああ
そのきれいな馬たちを
私は
手入れの行き届かないクルマの窓から
血統の悪い父親とともに
呆然と眺めていました
めりーくりすます、まい・えんぺらー
私は あなたの臣民ではありません
だって 私はあなたにふさわしくありませんから
私は、おそらくあなたの馬ほどの役にも立たないでしょう
だいいち あんなにきれいではありませんし
とても濁った目をしているのですから

夜になって、山手通りを走っていると、今度は東中野駅の近くで、不思議な集団を見かけた。
10人ほどの男女が一列になって行進している。
彼らは、手に手にペンライトを持っている。
それを左右に振りながら歩いている。
そして、皆が皆、心の底から、にこにこ笑っている。

なんだこいつらは
私は警戒心を抱いた
が、もとより彼らに害意はない。
警戒心を抱くいわれはどこにもない。
だってそうじゃないか。世の中全般に漠然たる害意を抱いているのは、むしろオレの方なんだから。
にもかかわらず
なんだこいつらは!
と、引き続き、私は軽蔑の感情を抱いた。
あわれなやつらだ と
しかしながら、幸福なのは彼らで、イブの夜に不機嫌になっているのは私の方だった。

ってことは、間違っているのは私で、ペンライトを振りながら歩いている彼らは、まったくもって正しかったのだ。

ああ、主イエスよ。
私は間違っていました。
サッカーで不本意な判定を見かける度に主の御名を汚す罵言を弄していた私は愚かなパリサイ人でした。

わが友サンタ・クロースよ。
君もまた間違っている。
主の思し召しは煙突経由で届けられるようなものではないのだ。
それに、君がわざわざ深夜の町を徘徊して物品を配って歩いたところで、救いの御子の昏睡状態はどうにもならない。
わかるか?サンタ・クロースよ。
主は、できそこないであらせられるのだ。
造物主としてウデがお悪いのだ。
でなければ、どうして私や君のような善意の愚者が、この師走の寒空の下でこんな半端仕事をしているんだ?
世界中に愛をもたらそうとして日夜励んでいる我々が、どうしてこんな生き恥をさらさねばならないと思う?
そう。
主は出来の悪い脚本をお書きになったのだ。
しかも、アカさえお入れにならないのだ。

考えてもみたまえ。
不味い料理を作った料理人が、料理をののしるだろうか?
しょっぱすぎる椀物をあつらえた板前が、椀を罰するだろうか?
誠実な料理人は、料理の出来が悪かった場合、まず自らの不才と怠慢を省みるはずだ。

が、主はそうなさらない。
主は、自らのお手で、この不完全な世界をお造りになり、さらにその世界に生きる駄目な人間をお造りになった。
つまり、ウデがお悪いのだ。
しかも、主は、ウデが悪いのみならず、根性までお悪い。
われわれの罪をつぐなって十字架にかかったなどと、責任を転嫁したうえに、恩にまで着せようとなさっている。
まったく。
恥知らずなお方だ。


12月25日 金曜日 晴れ
主よ。
お誕生日おめでとうございます。
ねがわくば、あなたにも神の祝福がありますように。


12月26日 土曜日 晴れ
インターネット経由で自殺用の青酸カリがばらまかれたらしい。 何人かが死んだようだ。
深夜になってA新聞から電話のコメント取材があった。
10分ほど話したが、ボツになったようだ。
うむ。
こういう場合、求められているのは3行に要約できる旗幟鮮明なコメントだ。
が、私のコメントは要約不能であるのみならず、ほぼ意味不明だった。
強いて要約するなら
「へえ、そりゃ大変ですね」
 だ。
こんなものは、コメントとしては使えない。
あまりにも誠実すぎる。
新聞社の人には気の毒なことをした。


使えるコメントは
・インターネットに対して、本格的な法規制が準備されるべき時期に来ている。
という断言か。でなければその反対の
・リスクはリスクとして、インターネットにおける表現の自由は最大限に保障されねばならない。
ってな感じの断言だ。

「覗きが出るからって露天風呂を禁止するのも変な話ですよね」
 あたりも良いかもしれない。
程度が低い分、わかりやすい。
というよりも、わかりやすくあるためには、程度が低くなければならないのかもしれない。
いずれにしろ、私には評価不能だ。
だってどうでもいいんだから。