9月27日 日曜日 雨
 朝から雨。
 貴乃花が優勝。
 ふん。
 面白くもない。
 大相撲はもうダメかもしれない。

 いや、というよりも、大相撲ウォッチャーとしての私がダメになったのだ。
 きっと、相撲眼が衰えてしまったのだ。
 W杯アジア予選以来のサッカー狂いでしばらく相撲見物を怠っていたため、すっかり事情にうとくなってしまったのである。
 今場所は、久しぶりにじっくりと大相撲を観たが、どうもパッとしない印象ばかりが残る。

・無双山の伸び悩み
・魁皇の若さに似合わぬ衰え
・曙の末期症状
・武蔵丸の無気力
・旭鷲山が冴えないのは、相撲を覚えられて奇策が通用しなくなったからなのだろうか。それとも本人のモチベーションが尽きたのか?
・おい、いつの間にか舞の海&智の花のチビッコブラザーズが十両落ちしてるじゃないか。やっぱり曲者の限界か?
・水戸泉、貴闘力、寺尾といったキャラクターのある力士が、嗚呼、軒並み爺化している。

 うーむ。
 とすると、期待の若手は千代大海、旭豊ぐらいなものだが、いかんせん、いまいち小粒だ。
 若貴にももはや新鮮味はない。
 若乃花は限界を露呈した感じだし、貴乃花の相撲にはそもそも魅力がない。
 二人とも横綱になってからはすっかりつまらない相撲取りになった。
 彼らにとって相撲道が忍耐であり横綱が重荷であることはわからないでもない。
 が、観客は忍耐を観たくて桟敷に座っているわけではないし、重荷を背負った陰鬱な若者の姿を見るためにチャンネルを合わせるわけでもない。

 もう、来場所は観ないかもしれない。
 むしろ、これまで、どうしてこんなものに夢中になっていたのかが不思議だ。

 マグワイアが67・68号を連発。
 ばかみたいだ。
 マグワイア帥oイアグラ
 なんだか似ている。


9月28日 月曜日 曇り時々雨
 ペルージャVSラツィオ戦で中田が3点目を決めた。
 意外だ。
 ユベントス戦の2点は、単にマグレもしくはマークの甘さゆえ(だって新入りだし3点差だったわけだから)だと思っていたのだが……
 私の認識不足だったということか?

 少なくとも、日本にいた時の中田は、決してシュート力のある選手ではなかった。
 得点感覚に優れている感じもしなかった。
 
 が、ユベントス戦の2点といい、今回のダイレクトボレーといい、いずれも見事な(城、見てるか?)シュートだった。
 いったいどういうことなのだろう。
 例によって、モチベーションの問題か?
 モチベーションというのは、こんなにも人を変えてしまうものなのだろうか。

 とすると、ブラジルのサントスに行くことになった前園が化ける(というよりも、2年前のパフォーマンスを取り戻す)可能性もないとは言えない。

 モチベーション。
 この言葉は、あんまり翻訳しない方が良いと思う。
 「やる気」「気力」「根性」「ガッツ」とか言ってしまうと、若い選手はそれだけでそっぽを向いてしまう。
 ラモスよ。
 あんたの言うことは分かる。
 その通りだ。
 おそらく、「モチベーション」なんて言葉は、単に「気力」をオシャレに言い替えただけのものだ。
 が、それでも、おしゃれということが若いアスリート(これも妙な言葉だけどさ)にとって命にも代え難い金科玉条であるのなら、「根性を出せ」と言うよりは、「モチベーションを高く保て」と言ってあげるべきなのだよ、我々ベテランは。

 オレも、「やる気が出ない」とは言いたくない。
「なーんか最近モチベーションがさあ……」
 とか、気が付いてみればこんなことばっかり言ってるもんなあ、ここんとこ、オレ。
 
マグワイア69&70号
 サイボーグ、だな。
 タイソンがトレバー・バービックをたったの2発で倒した時
「おい、こりゃ、ボクシングってものに対する冒涜だぞ」
 とアタシは思ったものだが、その時の感じに似ている。

 バービックの華麗も、スピンクスの老獪も、ウィザスプーンの技巧も、タイソンの凶暴さの前には何の意味も持たなかった。
 タイソンの単調で退屈で(だってアームブロックして前進するだけなんだからさ)、しかしながらパワーとスピードにおいてまったく規格外に優位な連続攻撃は、あらゆるボクシング技術を児戯に等しいものに変えてしまったのだ。
 リングに血と興奮だけを期待する技術も基本もまるでわかっちゃいない野蛮な格闘ファンの言う
「結局はパンチ力だぜ」
 という、ボクシングファンが軽蔑してやまない野卑な主張を、タイソンは裏付けてしまったのである。
 で、結局、タイソンは無敵だった。
 タイソンを倒したのは、タイソンだけだった。
 タイソンは、タイソンの内なるタイソンに敗れた。
 その並外れた凶暴さを、彼の精神は、持ちこたえることができなかった。

「ベースボールはパワーだぜ」
 と、マグワイアの打球は語っている。
 ……
 うん。その通りだ。
 あんたのパワーの前では、オジースミスの名人芸も意味を持たない。
 だって、マグワイアの絶対不可侵の打球は、ショートの守備位置をバイパスして、フィールドプレイヤーの立っていない場所に到達することになってるんだから。
 いっそ、ボールだとかバットみたいな道具に頼ることはやめて、率直に腕相撲をすると良いのだ。
 
 おそらく、マグワイアは無敵だ。
 マグワイアを倒せるのはマグワイアだけだ。
 マグワイアの内なるマグワイアだけが、彼のバットを沈黙させるだろう。
 年齢?
 薬物の副作用?
 名声?
 いずれにしろ、さっさと潰れてくれると私はうれしい。


9月29日 火曜日 雨
 昼前からまたしても雨。
 どういうつもりなんだ?

 ここのところ一人暮らしの女性が殺される事件が多発している。
 なぜだ?

(1) 何か注目される事件が起きると、報道するメディアの側が似たような事件を探して集中報道するから。
(2) 印象的な事件があると、模倣犯が多数現れるから。

 いじめや少年の自殺なんかのニュースについては(1)の例が多いという話を聞いたことがあるが、毒物混入事件などでは(2)の模倣犯が目立つようだ。

 どっちなんだろう?

 もうひとつ。
 気のせいかもしれないが、恋人なり夫なりに殺される女性にはインテリが多い感じがする。
a. 高学歴の女性は男に対して従属的である度合いが低く、実際に男を論破してしまいがちだったりする。
  で、そのことが男の暴力を誘発する。
b. 論破などせずとも、女の高学歴はそれだけで暴力的なタイプの男にはプレッシャーになる。
  であるから、高学歴の女は、ごく普通にふるまっていても「生意気だ」と判断されがちで、
  それゆえに、特にマッチョタイプの男は、唯一の優位性である暴力に訴えざるを得なくなる。

 うーむ。
 男女を問わず、結局のところ、企業社会に組み込まれなていない場合、高学歴は、リスキーなだけのものなのかもしれない。

ソーサ不発
 マグワイアの本塁打王が確定。
 なるほどね。
 たとえば、来年あたり、200発ぐらい打つアフリカンスラッガーが出てきたりすると面白いんだけどな。
 で、そいつが一年こっきりで引退して、言うわけだ。
「ベースボールは退屈だった。カネも稼いだし、オレは故郷に帰って牛の世話をすることにする。実際、牛の方がよっぽど手強いしスリリングだから」
 うん。 


9月30日 水曜日 雨
 ベストジーニスト賞・キムタク5連覇。
 くだらない。
 こんなものの5連覇に何の意味があるんだ?

 あるのだよ。
 少なくとも、彼らには意味があるのですよ。
 誰が「彼ら」かって?
 よろしい、ご説明申し上げよう。
a.与える連中
b.受け取る連中
c.取材する連中
d.賞そのものを仕掛けた広告屋
 の4者だ。
 この連中にとって、賞は十分にメリットがある。
 まずaの「ジーンズファッション協会」だとかいう業界団体にとっては、たかだか数百万円の出費でテレビ各局のワイドショー枠の何分間かを宣伝に使えるわけだから笑いが止まらないだろう。
 bの受賞者連中の場合、たいしてうれしくもないかもしれないが、とりあえずマイナスにはならない。
 特に政治家(今年は田中マキコだと)さんなんかにとっては絶好のアピール材料だ。
 cのマスコミさんたちにとっても、まるで無意味ってわけじゃない。最低限ネタ枯れの時の埋め草にはなるわけだし、でなくても話題の人物が一堂に会して取材を待っている機会は貴重だ。
 そして、当然のことながら、一番おいしいところをいただくのは(d)つまり代理店のハイエナ連中だ。
 だって、広告屋さんはこの賞のやりとりを通して、a.b.c.の全員に恩を売ることができて、なおかつ金まで儲かるわけなんだから。


 てなわけで、ベストファーザー賞だの、なんたらジュエリー賞だのといった屁みたいな賞が毎年毎年増設される。
 
 それにしても「ジーニスト」ってのはなんだ?
 こんな恥ずかしい造語で呼ばれることを、キムタクはどうやって5年も我慢し続けいてるのだろう。
「いよっ、ベスト・ジーニスト!」
 と、町で見かけたら声をかけてやろう。
 キムタクは、怒るだろうか?
 それとも、顔を赤らめてうつむいてしまうだろうか?

 喜ぶようだったら、いよいよジーニストだ。

 辞書によれば、jeanは単数形で使われる場合は、布地をしか意味しない。
 a pair of jeansと、複数で使ってはじめてジーンズの意味になる。
 とすると、あらためて考えるに、ジーニストというのは、いったい何者だ。
 ……細綾織綿布主義者、ジーン従事者、あるいはジーンを奉ずる男。
 いずれにしろ、はずかしい「イスト」だと思う。

「違うんっすよ。オレ、確かに、ジーンズははくけど、ジーンズ主義者とか、そういう主義主張の問題でどうこうしてるわけじゃないんっすよ」
 とキムタクは言うかもしれない。
「賞だってホントは迷惑っすよ。だけど、辞退ってのも大人げないし、だいいち、事務所が黙ってないでしょ」
 
 うむうむ。
 事情はわかるよ、タクヤ君。
 しかしだ。
 5連覇もしちまった以上、もう後戻りはできないのだよ。
 名誉ジーニスト。
 永世ジーンズ名人。
 デニムコンドーム愛用者大賞。
 好むと好まざるとにかかわらず、キミは特定の商品の広告塔になっちまったわけなんだから、それと心中するほかはない。
「キムタク、ジャニー喜多川氏の葬儀にジーンズ姿で出席。広がる波紋」
「キムタクモデルのジーンズ肌着、キムキムYG発売」
「キムラジーンズ(株)。ジーンズ素材のパジャマ事業から撤退。独特のゴワゴワ感が消費者ばなれの原因か?」
「木村氏の園遊会ジーンズ着用騒動、右翼団体を巻き込んでさらに泥沼化の様相」
「木村拓也氏(ジーンズ運動家)、突然の事故死。ジーンズ嚥下健康法による窒息死か? 享年65歳。
 なお、喪主である長男の理倍酢氏によれば、葬儀は故人の遺志によりジーンズ葬の形式で営まれる。
 
 
10月1日 木曜日 雨
 引き続き雨。
 今日でちょうど一週間雨続きということになる。

 記憶では、大学の1年生だったか2年生だったかの夏(ってことは、1977年か?)が、ひどい雨降りの夏だった。
 毎日毎日雨が降って、脳みそにカビが生えそうな気がしたのをおぼえている。
 あるいは、本当に生えたのかもしれない。
 そういえば、湿度が眠気に結びつくようになったのは、あの夏以降のことだ。
 
 イギー氏は食欲がない。
 バスルームの中でどうやって天気を知るのかわからないが、たぶん、気圧とか湿度に対する鋭敏な感覚を持っているのだと思う。
 予報によれば、明日は久しぶりに晴れるらしい。
 喜ばしいことだ。


10月2日 金曜日 晴れ
 うううう……
 ftpのソフトを乗り換えようと思って色々とためしているうちに、とんでもないミスをやらかしてしまった。
 ホスト側のディレクトリとローカル側のディレクトリを行ったりきたりしているうちに、アップロードとダウンロードを間違えてしまったのだ。
 それだけならまだ良かったのだが、ダウンロードを途中でキャンセルしたのがまずかったようだ。
 いや、それだけなら良かったのだが、キャンセルが効かないと思って、強制切断しちまったのが良くなかった。
 で、ローカル側(つまりオレのマシンのハードディスク内にあるホームページのファイル)のいくつかが、ヌル(つまり名前だけで中味が空っぽということ)になってしまった。
 いや、これだけならまだ良かったのだ。
 ここまでのところなら、まだ修復はきいたののである。
 ホストの上にある健康なファイルをもう一度ダウンロードし直せばよかったのである。

 が、……オレはあわてた。
 こいつはいかん!
 異観、遺憾、如何!
 ……オレはあわてた。
 で、何を思ったのか、ローカル側の空っぽのファイルをホストにアップロードしてしまったのである。

 というわけで、いくつかのファイルが完全に消滅した(いくつかはハードディスクの隅っこに作成途中のベータバージョンやらが残っていたのでそれをモトに再作成した)。

 詩のページの中のいくつかの挿し絵。
 まあ、こんなものどうにでもなるけどさ。

 それから、「アルタの鷹」のシーンのおよそ半分。
 これもまあ、再入力に5時間ってところかな。

 それから、9/20〜9/26までの日記のテキスト。

 まあ、全部なくなったことを思えば運が良かったのかもしれない。

 ……って、こういうのをプラス思考というのか?
 
 わかっている。
 不運な人間にとっての幸運は、常に「不幸中の幸い」という形で訪れることになっている。
 そういうことだ。


10月3日 土曜日 晴れ
 ホームページの消滅事故は、昼過ぎまでにほとんどのファイル修復し終えた。
 ベータバージョンの探索、テキストの再入力、画像データの再描画……「オレは何のためにこんな苦労をしているのか」という自問自答を意識の外に追いやりながら、自分の勤勉さに驚く。

 夕刻、メールをチェックしてみると、おお、なんと、京都のソエジマさんという男性が「9月20〜26日の日記」のファイルを送ってくれている。
 ダメもとで告知したネットを通じての呼びかけに応えて、わざわざダウンロード済みのHTMLファイルを添付してメールを書いてくれたのである。
 ああ。
 私は間違っていた。
 箱根の山の向こうに側にはろくな人間がいないという私の牢固たる思い込みは、どうやら間違っていたようだ。
 西日本にも親切な人はいる。
 今回は、そのことがよく了解できた。
 特に、京都人については、「1000年以上にわたって田舎者をカモり続けてきた驕慢で底の知れない卑劣漢」といった感じの偏見を抱き続けてきたわけなのだが、それとて、冷静に考えてみればさしたる根拠があってのものではない。
 金閣寺付近でつかまえたタクシーに遠回りをされたとか、哲学の道近辺の飲食店の値段とメニュー構成がイヤミったらしい趣味性に満ち満ちていたとか、清水寺周辺の土産物屋で売っている品々に誠意がかんじられなかったとか、その程度のことに過ぎない。
 いずれも、観光地にありがちな商売であるに過ぎない。
 それを過大に考えて、「京都人の倨傲不実の動かぬ証拠」と判断したのは、あるいは私の日本史コンプレックス(零点を取ったことがあるんだよ。マジに)の単純な裏返りであったのかもしれない。
 いや。申し訳ない。
 私が間違っていた。
 率直に認めよう。京都にもモノのわかった人はいる。
 ついでに述べるなら、私がかつて半年ほど住んだ間、どうにもなじめなかった大阪の町にも、恐らく立派な人はいるのだ。
 私の身の回りに吹いたナニワの風の猥雑さは、大阪在住当時(20代前半)の私が、いかにもいけ好かない気取りかえった関東者であったことに対する正当な反応に過ぎないのだ。
 すんまへん。
 えらい考え違いをやらかしておました(←へん?)。
 そうだす、大阪にも、素晴らしい人がたくさんいてはります。
 ただ、いやな野郎がそれ以上にゴロゴロ転がっているだけです(笑)、たぶん。

●レッズ連敗脱出。
 めでたい。
 それにしても、NHKのBS放送は、どういう基準で中継するゲームを選んでいるんだ?
 札幌VS横浜M、市原VS川崎、神戸VS京都って、首位のマリノス以外は、すべて最下位争いをしているヘボばっかしじゃないか。
 市原VS川崎のゲームをTV観戦したけど、目も当てられないヘボ試合だったぞ。 
 頼みのテレビ埼玉が中継しなかったので、結局、レッズ戦の模様はわからない。
 スーパーサッカーのダイジェストで観たところでは、小野伸二のフリーキックはオッケーだったけどさ。
 しっかりしてくれよ、NHK。

●「諸君!」11月号にイギー氏の写真掲載。
 「諸君!」が届いた。
 イギー氏は立派に写っていて大変に良いのだが、オレの顔がちょっと問題だ。
 目が半眼になっている。
 ま、写真に付けた原稿のタイトルが「涅槃に生きる」だから、合っているといえば合っているわけだ。