9月13日 日曜日 晴れ

 深夜、フジテレビでペルージャVSユベントス戦を観戦。
 中田が2得点。
 めでたい。
 
 ひとくちに「セリエA」と言っても、ユベントスとペルージャでは月とスッポンだ。
 恐らく、中田抜きのペルージャは、レッズより弱い。

 これまで、「セリエA」というと、「ACミランVSユベントス戦」や、「ヨーロッパカップ決勝における超絶的パス交換スピード」のイメージしかなかったが、実際にはあんな好試合ばかりではないということがよくわかった。テレビのダイジェスト番組でゴールシーンだけ見ているとなんだか人間離れした連中が活躍しているものすごいリーグみたいに思えてしまいがちだが、どうやらそんなこともなさそうだ。
 ペルージャの場合、スタジアムもチンケだし、芝は腐っているし、選手もヘタ揃いだ。
 というわけで、ユベントスのパフォーマンスも、ヨーロッパカップの時とは別のチームに見えるほど低調だった。特にリードした後は、まるで屁みたいなチームになっている。
 選手も同様。ジダンは消えているし、デシャンはスピードの無さばかりが目立る。デルピエロ、インザーキもまるでサエない。額面通りの動きをしていたのは、シードルフとフリーキックを決めた選手(誰だっけ)ぐらいではなかろうか。
 きっと、勝ち点のみで順位が決まり、得失点差が順位に反映されないセリエAでは、ユベントスといえども、リードした試合で露骨な手抜きをするのだろう。
 ううむ。
 ペルージャとやる時のユベントスは、「ペルージャよりちょっとだけ強いチーム」に過ぎないのだな。
 
 てなわけで、結果として、中田は大いに通用していた。
 「通用する」どころか、局面をリードしていた。

 結局、マスコミの連中が決まり文句みたいに繰り返している「セリエAで通用」というのにも、ピンからキリまでのレベルがあるってことだ。
「ペルージャみたいな下位チームでレギュラーポジションを獲得する」ということをもって「通用する」とするなら、ナカタに限らず、通用する日本人選手は相当数いる。
 が、「ユベントスみたいなスーパースター揃いのチームが本気になった時に、それに対抗して見劣りしないプレイができる」ってことになると、まるで話が違う。

 それでも、ともかく「デビュー戦で、ユベントス相手に2得点」である。
 素晴らしい快挙といわねばなるまい。
 
 マグワイアの62号や長嶋カントクの残留であれだけ大騒ぎ(アメリカおよびその衛星諸国のローカルスポーツに過ぎない野球でホームラン記録が破られたことのどこが「世界中の注目を集める大ニュース」{←by ニュースステーション}なのだろう?セントラルリーグの3位にいるチームの監督の進退問題にしたって、放送中のドラマを中断して緊急中継するほどのネタなのか?)したのであるから、マスコミ屋さんたちには、ぜひ大騒ぎしてほしい。


9月14日 月曜日 晴れ

 7月だったか8月だったかに録画してそのまま放ってあった「ワイト島コンサート」とゴダールの「ワンプラスワン」(ローリングストーンズの「悪魔を憐れむ歌」"Sympathy for the devil"のリハーサル風景をフィーチャーした実験映画風?の作品)を観た。
 ワイト島が'70年、「ワンプラスワン」が'68年ということだが、なるほどあの時代ならではの無意味なくだくだしさと意味ありげなうっとおしさが横溢している。
 それでも「ワイト島」は、ジミヘンがカッコ良かったので許そう。
 青臭いドキュメンタリー部分がいたずらに冗長なのも、時代が時代だったのだから仕方がなかったということにしてあげよう。
 が、ゴダールは容認できない。
 なんだろう、あれは?
 あんなものが本当にありがたがられていたのか?
 全共闘世代の阿呆どもの間では、ああいうものが芸術だったのか?

 あの時代のインテリは、映画においても文学においても、もっぱら難解なものを珍重したようだが、その理由はズバリ、連中が田吾作だったからだ。

 理解できない作品を見た時、普通の人間は
「なんだこりゃ、全然わかんねえぞ」
 と、正直に反応する。
 で、その難解な作品を攻撃し、その作者を軽蔑する。
「ちぇっ、くだらねえ映画だぜ」
 これが正しい態度というものだ。

 が、60年代のインテリのタマゴは、理解できない作品に出くわすと、都大路で道に迷ったドン百姓みたいに怯みかえってしまう。
 でもって
「あんれー、こいつはまた全然わかんねえズラ。どうすベエか。きっとオラの勉強不足なんだべな。こんなことじゃイカンズラ」
 てな具合に、自分を責める。
 であるから、ゴダールであるとかいった思わせぶりの詐欺師や、吉本隆明だの高橋和巳だのといった書生臭い大風呂敷を珍重せずにおれなかったのだ。
「おい、王様は裸だぜ」
 と、言えなかったんですね。
 バカですねえ。
 哀れですねえ。
 ま、こんなことを言っているオレも、ゴダールは「ワンプラスワン」しか見ていないし、吉本も高橋和巳も一作ずつしか知らないのだが「くだらない」ということについては、一つ読めばたくさんだ。

 教訓:何かを読むか観るかして、理解できなかった場合、悪いのはこっちではない。わからないものを作った作者が阿呆だってことだ。


9月15日 火曜日 曇りのち雨

 テレビでヴェルディVSベルマーレ、マリノスVSフリューゲルス、ジェフVSレッズ戦をたて続けに観戦。
●ヴェルディVSベルマーレ:凡戦。おそろしくレベルが低い。ラモスの爺パスが通るのは、ベルマーレのDFがザルだからだと思う。
●マリノスVSフリューゲルス:城は一人よがりのスタンドプレーが目立つ。人間が幼いんだな。
●ジェフVSレッズ:内容的にはレッズの圧勝。5点ぐらい取っても良かった気がする。小野は、休んでいるように見えたが、老獪なのか、若さがないのか、賢明なのか、闘志に欠けるのか、あるいは疲れているのか?
 それでも、プレイの質は高い。
 相手のレベルがこの程度だと、サボっていても通用してしまう。
 小野にとって、これは、良いことだろうか?
 老婆心?
 その通り。
 ファンというのは、すべからく老婆なのですよ。

 
 さて、赤羽は、すごいことになっている。
 午後9時頃、実家に用事があって、2丁目の路上を東方向に向かって歩いていると、電話ボックスの前に人が立っている。
 小雨が降る中、傘もささずに立ち尽くしているその人影は、行く手をふさぐようにしてじっとこちらを見ている。
「知り合いかな」
 と一瞬思ったが、どうやらフィリピーナか南米系の女性のようだ。
「○×△◇」
 と、意味のわからない言葉をかけられたので
「は?」
 と、立ち止まって聞き返した。
 すると彼女は
「カエルノ?」
 と言っている。
 どういう意味だろう?
「イエス」
 と答えると、また
「○×△◇」
 と何か言っている。
 意味が分からないので、手を振って通り過ぎると、さらに後ろから
「○×△◇」
 と声をかけてくる。
「ホワット?」
「カエルノ?」
 もしかしたら、傘に入れてほしいということなのだろうか?
 道を尋ねるつもりなのか?
「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ?」
 と尋ねてみたが、相変わらず
「○×△◇」
 である。
 あきらめて立ち去ろうとすると、こちらにつかつかと歩いてきて、いきなり股間に手を伸ばしてきた。  

うひゃあ

……なるほど、そういうことか。
 しかし、オレには用事があるし、金も持ち合わせていない。
 それに、なんだかこの女は不気味すぎる。
 暗い目つき。
 低すぎる声。
 安物のサンダル。

 ともかく
「バイバイ」
 と明るく手を振ってその場を離れた。
 ……女は、雨の中、立ち尽くしたままこちらを見ている。
 なんということだろう。

 どういうことなんだ?
 商売をするにしても、地元の人間しか歩かないこんな人通りの少ない住宅街で立ちんぼをしたってどうにもならないと思うのだが、あるいは彼女は、思い立ったその場で体を売り始めなければならないほど追いつめられているということなのか?
 組織から脱走したフリーランスのストリートガール?
 あるいは、何かの罠か?

 家に帰った後も、台風5号の風雨が激しくなるにつれて、彼女のことが気になった。

 幸運を祈ろう。
 いいカモをつかんでくれているといいのだが。

 助平で、金持ちで、向こう見ずな好人物……そういう人間が、シラフで2丁目の裏通りを歩いているとも思えないけどさ。

9月16日 水曜日 暴風雨のち快晴

 台風5号が上陸・通過して、午後からは暑くなった。
 スポーツ新聞は「中田に25億のオファー」とか言ったヨタ記事を飛ばしている。
 この噂は、確か「マードックの上げた恥知らずなアドバルーン」ってことで片付いていた(だって「検討にも値しないガセネタ」だって、マンチェスターユナイテッドの首脳が切って捨ててたじゃないか)はずだ。
 が、中田が2点決めたとたんに、なぜか13億が25億になってよみがえっている。

虫けら

 という中田の暴言も、今になってみれば当たりだったってことになるな。


9月17日 木曜日 晴れ

 長い昼寝。
 不快な目覚め。
 ソーサ63号。
 アメリカのローカルスポーツの新記録に飽きもせずに注目し続けることが連中の国際感覚なのか?
 マンチェスターユナイテッドの買収劇がさっぱり報道されないのはどういうわけなんだ?
 こっちの方が断然大ニュースだぞ。


 マグダラのマリアは、あれ以来、見かけない。
 幻覚だったのだろうか。


9月18日 金曜日 雨

 朝から雨。
 久しぶりにワイドショーをはしごしてしまった。
 、XJAPANのTOSHIを”洗脳”したと言われている自己啓発セミナーのトレーナー・MASAYAが、あまりにも絵に描いたような詐欺師で、目が離せなくなってしまっからだ。
 何を尋ねられても質問の主旨とは関係なく、自分の言いたいことだけを言う会話術。
 恫喝(「私は帰りますよ」)と泣き落とし。
「だから、さっきから言ってるように○○」を連発して「オレの言っていることが理解できないのは、あんたの方がバカだからなんだぜ」ということを暗示する手口。
 ……まったく。
 ブラウン管を通じて第三者として観ているとこういう人間のインチキさは一目瞭然だが、一対一で対面してしまうと、声の大きさやら断定のしつこさに負けて、単純に持っていかれてしまうものなのかもしれない。
 朝の時間帯のワイドショーの出演者たちは、質問を遮って勝手な理屈をまくしたてるMASAYAをどうすることもできないでいた。
 午後のワイドショーは、その反省からか、もう少しマトモに(つまり、「マトモに話を聞かない」ということだが)対応していたが、やっぱり強い断定に押され気味だった。
 適切に対応していたのは、デーブスペクターだった。
 さすがである。
 こういうイカサマ師の相手をさせるにはシカゴ生まれのユダヤ人を持ってくるほかに方法がないんだろうか?

 「大自然の子」とMASAYA氏はしきりに強調していたが、ローマ字名乗りが「自然」なのか?
 ともかく、貴乃花を”洗脳”した冨田氏とともに、最近出色のキャラクターだ。
 
 しかしまあ「洗脳」という言葉の使い方といい、質問の仕方といい、ワイドショーというのはどうしてこんなにも粗雑で悪質なんだろう。
 ネタにする連中の粗悪さに対応しているのか?
 それとも視聴者の粗悪さか?

 出演者、製作者、取材者、被取材者、視聴者で出来上がったバカのサークル。
 病気のナメクジにたかるアリとそれを眺めて眉をひそめるムカデ。
 ……それを見ているオレは神か?

 夕刻から通夜。
 中学の同窓生が8人ほど来ていた。

 「年月」を映像化するとこういうことになるのだろう。
 時間の遠近法においては、遠くにあるものの方が明瞭であったりする。
 不思議だ。
 

9月19日 土曜日 曇りのち晴れ

 レッズ6連勝。
 ペトロビッチをはじめ、福永、山田、大柴、福田がとても良かった。
 小野は軽い捻挫で欠場していたが、ちょうど良い休養になったと思う。

 テレビは相変わらずマグワイアのホームランを追っかけている。
 くだらない。
 
 いつの間にか野球が大嫌いになっている。
 不思議だ。

 ところで、いつだったかの日記にペルージャVSユベントスの試合の感想を書いたが、その中でダービッツのことをシードルフと勘違いしている。
 そっくりすぎる。
 ヨーロッパ各国に黒人がいるが、オランダの黒人(スリナム系か?)は一体に毅然としている感じがあってよろしいと思う。
 フランスの黒人がどことなく卑屈に見えるのと好対照だ。