8月16日 日曜日 曇りのち晴れ

 終日蟄居。
 Jリーグオールスターは期待外れだった。
 このままではヤバい。
 ……と、何の義理もないのに、日本サッカーの将来を憂慮しているオレは何だろう?
 いつの間にか野球を憎んでいる。
 なぜだろう?
 日本人のメンタリティーのイヤな部分は、すべて野球に源を発していると思い込んでいるオレは、少しおかしい。
 
 
8月17日 月曜日 曇り一時雨後晴れ

 暑さのせいか、イギー氏の活動量が増している。
 バスルームから外に出たがってドアをガリガリひっかいている。
 外に何があると思っているのだろう?
 好奇心か?
 それとも発情期なのだろうか。
 トカゲの気持ちは本当にわからない。
 

8月18日 火曜日 曇り

 先日、NHKがペット経由の感染病について報じたんだそうで、その中にイグアナも含まれていたらしく、質問を受けた。
「大丈夫なの?」
 なるほど。
 世間は、エキゾチックアニマルに対する偏見を補強すべくサルモネラを持ち出してくる。
 犬であれ、猫であれ、小鳥であれ、生き物である限り、例外なく固有の寄生虫やダニや腸内細菌を持っている。
 そんなことは誰でも知っているはずのことだ。
 とすれば、問題にすべきなのは、エキゾチックアニマルが感染症の危険性を持っているという事実そのものではなく、ペットとの適切な付き合い方には、その動物それぞれについて違いがあるということであるはずだ。
 が、世間が要求しているのは、飼育情報ではない。  彼らがよだれを垂らして喜ぶのは
「ミドリガメは危ない」
 とか
「イグアナはこわい」
 とかいった、彼らの偏見を補強する情報であり、鵜呑みにしやすいサイズに要約された乱暴な短絡なのだ。
 であるから、ニシキヘビが逃げたりすると、いかにも大仰なパニック報道が提供されることになる。
 この種の報道においては、専門家のコメントさえもが、放映段階で編集される。
「この種類のヘビはしごくおとなしい性質で、人間を襲うようなことは考えられません」
 という前提をカットして、
「とはいえ、4メートルのビルマニシキヘビともなれば、仮に本気になって人間を絞めた場合、肋骨を折るぐらいの力はあるでしょう」
 の部分だけを使うみたいな形の、だ。
 そういう決まりになっているのだ。
 「本気になって人間を襲ったら危険な動物だ」
 ということなら、犬の方がよほど危険だ。
 が、犬については、そういう報道はされない。
 なぜって、犬を飼っている人間はマジョリティーで、犬の悪口は、メジャーマスコミでは禁じ手になっているからだ。
 セアカゴケグモであるとか、ワニであるとか、イグアナであるとか、そういうもの珍しい動物についてだけ、脱走パニック報道がなされる。
 しかも、その報道の行間には
「こんなものを飼っている変わり者」
 という視点がスパイスとして加えられることになっている。  具体的には
【件のビルマニシキヘビの飼い主ですが、独身の中年男性で……】
 というくだりを読む時に、キャスターなりコメンテーターなりが苦笑を浮かべるわけなのだが、その微苦笑の意味するところは、
(こんなもの飼ってる薄気味の悪い変態野郎が普通の社会生活を営めるはずはないし、まして結婚なんてできるわけないですよねえ、皆さん)
 である。

 まったく。

 ちなみに、イグアナの腸内にはサルモネラ属の細菌がいる。
 が、サルモネラ属に分類される細菌の中で、食中毒に結びつくのはごく一部に過ぎないし、百歩譲って、イグアナの腸内に有害な細菌がいるのだとしても、要はイグアナのクソを食べなければ良いだけの話である。
 当たり前の話だが、犬のクソだって、猫のクソだって、食べれば有害なのである。

 ダニについても一言しておきたい。
 犬猫につくダニやノミは、人間にもつく。
 それも、量として半端なものじゃない。
 ああいう毛の生えた生き物は、ダニを乗せたバスみたいなものなのだ。

 イグアナの場合、その心配はない。
 
 うーむ。
 イグアナの話になるとムキになってしまう。
 犬猫が憎いわけではない(ちょっと憎いけど)。
 ただ、犬好き→いい人、トカゲ好き→変態、という偏見につきあうのが時々面倒くさくなるっていうことです。

 ま、犬猫関係者にしても「犬好き→権力志向」、「猫好き→献身的」みたいなステレオタイプに悩まされているのかもしれないけど。


8月19日 水曜日 曇り
 腰痛。
 あるいは挫骨神経痛なのか。
 この年齢になるまで、腰が痛かったという経験を持ったことがないので、よくわからない。
 つらいものだということはよくわかった。

 これまで、人が「腰が痛い」とか「肩が凝った」と訴えるのを
「気のせいじゃないのか」
 と、冷然と聞き流してきたが、考え直さなければいけない。

 若い頃、
「好きなタイプの女性は?」
 という問いに
「体調の良い人」
 と答えていたことを思い出す。
 確かに、痛みやら不調やらを訴える人間のそばにいるのはうっとおしいものだし、私が体調の悪い人間を好まないのは事実ではあるのだが、それにしても残酷なことを言っていたものだと思う。

 

 

8月20日 木曜日 曇り
 250球を一人で投げきったという横浜高校の松坂投手の愚挙が美化されている。
「熱投」
「準々決勝史上最高の試合」
 どうしてそういう無責任なことが言えるのだろう?
 どうして誰も本当のことを言わないのだろう?
 夏の甲子園大会の過密日程については、グラウンドに立っている選手はもちろん、関係者も現場のスポーツ記者も、誰もが皆内心では心を痛めている。
 それなのに、日程を見直そうという声は一向にあがらないし、正面切って高野連と朝日新聞社を批判する声も出ない。
 ごくたまに、過密日程の弊害や選手の健康について語る人もあるが、いずれも外部の人間ばかりだ。
 野球関係者は、意図的に口を閉ざしているのだろうか?
 どこかから圧力でもかかっているのか?
 高校野球がデカい商売だからということなのか?
 それとも、彼らの言う「ドラマ」には、残酷さが不可欠なのか?
 年端も行かぬ子供が、フラフラになって体を壊すのを観るのが大衆の好みだってことか?

 うむ。
 そうなのかもしれない。

 適正な日程の中で、余裕たっぷりの選手が、伸び伸びと野球をやったら、誰も高校野球なんか観ないかもしれない。
 満塁機にも緊張せずエラーにも動揺しない落ち着き払った少年たちが、プレイを楽しんでいたりする姿は、全然「ドラマ」じゃないし、まるっきり「死闘」の匂いがしないし、ひとっかけらも「青春」じゃないからだ。

 やはり、「青春」は、感情過多で、不器用で、過剰で、血糖値の高い、最終的には、残酷で血なまぐさい経験でなければならない。
 過酷な気候とグラウンド条件の中で、狂気じみた試合日程をこなす選手が、疲労の極に達しつつ、致命的な凡ミスを犯したりすることが、おそらく我々が期待する「ドラマ」の実態だ。
 当然のことながら、哀れな高校生は、ミスを等閑視できるほど成熟していない。
 彼にとってショートゴロエラーは、目の前が暗くなるような、取り返しのつかない根源的な失策であり、人生の崩壊であり、青春の汚点であり、立ち直ることのできない挫折だ。
 だからこそ、人々はそれを「純粋さ」と呼ぶ。

 まったく。

 たかがエラーじゃないか。
 
 本当は、フィールドの上の高校生は、ケロっとしているのかもしれない。
 が、観ている方は、ケロっとしていてほしくない。
 報道する側の陣営も、落胆しきって泣いてほしいと思っている。
 で、ああいうことになる。

 まったく。


8月21日 金曜日 曇り時々晴れ
 湾岸戦争において、アメリカは、イラクがクゥエートを侵略しているという理由で空漠を実行した。
 つまり、第三国がほかの第三国を侵略しているということが、アメリカにとっては、空爆を行う正当な理由になるってことだ。
「なんだ?こいつらは保安官気取りなのか」
 と私は思ったものだが、今度は、さらにすごい。
 テロ組織がアメリカ市民を殺傷したということを理由に、他の主権国家の工場を爆撃している。
 保安官だってこんなことはしない。
 こういうこと(「ウチの若いモンを可愛がってくれたそうやな?」)をするのは、ヤクザだけである。

 たとえばの話、オウムの松本チヅオが健在で、妄想にまかせてアメリカ大使館なり横田基地なりにサリン攻撃をしたとすると、
 アメリカは、上九一色村を空爆するのだろうか?
 足立区のマンションやら、杉並区のアジトやらにもスカッドミサイルをぶちこんでくれるのだろうか?

 とすると、自分の国に、反米思想を抱いているテロリストなり妄想狂なりを住まわせている国は、どこも無事では済まないってことか?
 
 無事な国なんてあるのか?

 それとも、反米主義というのは、空爆に値する犯罪なのか?

★イラストのページに「ボッキーマウス」(←クリントンの顔にミッキーマウスの耳、星条旗のパンツの前を膨らませている)を掲載しようと思ったけど、やめておこう。
 ホームページ空爆なんて、しゃれにもならない。

8月22日 土曜日 晴れ
昼夜が逆転している。
このパターンはまずい。

昼夜逆転→睡眠時間漸増→アドレナリン分泌減少→睡眠時間漸増→アドレナリン分泌減少→無気力
という、この流れが毎年9月のスーパー無気力月間を招くのであるが、わかっていながらどうすることもできない。

おそらく、最も致命的な失敗は、予期せぬアクシデントとしてではなく、わかっていながら犯してしまうタイプの錯誤としてやってくる。
うん。 わかっているんだってば。