1998年8月2日 日曜日 晴れ
 暑い。
 とても暑い。
 ガルベスはどうしているだろう。
 オレと同じようにイライラしているだろうか。
 それとも、反省しているのだろうか。
 していないと思う。
 そもそも、こんな暑さの中で反省ができるような人間は、はじめから野球なんかやらない。
 やったとしても、そんな腰抜けの投げるタマは、ホームベースまで届かないだろう。
 ガルベスは、立派な人間ではなかったが、良いタマを投げる良い野球選手だった。
 さようなら、バルビーノ、と言おう。
 きみが、やっかいな人格のこもった底意地の悪いタマを投げる時の険悪な表情を、ぼくは忘れないだろう。
 関口ヒロシは、ピッチャーズマウンドには、立派な人間が立つべきだと考えているようだ。
 なるほど。
 一度自分で立ってみると良いと思う。
 むろん、彼なら、マウンドの上で恥をさらして、なおかつ平静を保つことができるに違いないが、だからって、しょんべんカーブで客が呼べるわけではない。


8月3日 月曜日 晴れ
 暑い。
 とても暑い。
 中田英寿はどうしているだろう。
 やはり、うんざりしているだろうか。
 それとも、がんばっているのだろうか。

 その不敵さを背後から支えている勤勉を、彼は失っていないだろうか。

 思うに、勤勉さというのは、意に染まぬ苦行に耐える能力ではなく、状況の如何に関わらずモチベーションを高く保つ能力であり、とすれば、それは一種の才能ということになる。
 
 さてしかし、勤勉が才能であるとするなら、それは重荷であるはずだ。
 なんとなれば、能力は、権利でなく、むしろ義務を伴うものだからだ。

 理屈がわかりにくいだろうか?

 人々は、才能は報われるべきだ、と言う。
 あるいは、才能のある人間は、より高い世評とより高い収入を獲得してしかるべきだと考えている。
 が、才能は、才能である時点ですでに報われているのだ。
 有能に生まれついた上に、さらに高収入や尊敬まで得ようとするのは、強欲というものだ。

 てなわけで、私は、多くを望まないことにしている。
 いや、というよりも、この貧しさを自分に納得させるには、才能という架空の財産を仮定するほかに方法がないわけだな。
 
 ナカタ君みたいに、才能ある人間がその上勤勉であったりするっていうのは、これは、ちょっとむごたらしいことですよ。
 だって、勤勉ってのは、才能である以上に、常に自己否定(つまり、現状の自己に満足しないということ)を伴う強迫観念であるわけで、とすれば、勤勉さというベクトルで自分を追い込んでいる人間は、一生涯、自己と和解できないからだ。
 
 てなわけで、私は、がんばらないことにしている。
 いや、というよりも、がんばったが最後、この貧しさを自分に納得させている最後の一線が崩れてしまうってことなのかもしれない。

 ううむ。
 ともあれ、私とて、こんな一銭にもならないページの更新に励んでいるのは事実なわけで、まあ、勤勉といえば勤勉なのかもしれない。

 もしかしたら、あらゆる人間は、基本的には勤勉なのかもしれない。
 ただ、その勤勉のベクトルが世間的な基準の範囲内にある人々と、クソの役にも立たない対象にしかモチベーションを持てない人々がいる……

 あんまりがんばるべきではない。
 このへんでおしまいにしておこう。

8月4日 火曜日 曇り時々晴れ
 久しぶりにガチガチの技術解説を書いた。
 なんだか嫌な疲れが残った。。
 きっと、わかってないからだと思う。
 自分で理解できていない事柄について、解説を垂れたりするのは、元来、とても疲れる作業なのだ。
 オブチさんも大変だと思う。
 あの人も、おそらく何にもわかっちゃいない。
 で、時々、馬脚をあらわにしたり、尻尾を出したりしながら、それでも、見当のつかない事柄について、指示を出したり、政策をブチ上げたりしつつ、記者の質問に答えている。
 大変だと思う。
 よほど厚顔であるか、でなければ、よほどの好人物でなければつとまるものではない。
 彼は、厚顔なのだろうか?
 それとも、オブチさんは、好人物なのだろうか?

 たぶん、その両方だ。
 というよりも、世間で言う好人物というのは、単に厚顔な人間のことだったりするのだ。

 人の足を踏みつけていながら、ににこにこしている電車の中のオヤジ。
 やたらに肩を組んでくる人懐っこい酔っ払い。
 太い斜め縞の安物ネクタイにミートソースのシミをつけて、しかもそれが似合っていたりする課長代理。
 結局、自他の区別が曖昧なんだな、この人たちは。
 自我肥大なのか。
 それとも自我の欠如なのか。
 要するに、反省がないわけだ。
「休日とかは、何をしてるんですか?」
「反省をしてます」
「は?」
 まあ、こういう奴もこれはこれでイヤミだけど。

8月5日 水曜日 曇り時々晴れ
 長嶋さんがボウズにした。
 そういうみっともないマネはしてほしくなかった。
 詫びるなら詫びるで、むしろ土下座の方が良かったと思う。
 ガルベスとナガシマさんが二人並んで「レッツ・ゲット・土下座」
 いい絵になったと思う。

8月6日 木曜日 晴れ時々曇り、一時土砂降り
 明日から3日間の旅行に備えて、イギーに胴輪を装着した。
 寝込みを狙ったので、激しい抵抗にこそあわなかったが、胴輪をすると、気持ちが荒れるようで、目つきから仕種からが一気に険悪になる。
 胴輪ヤクザってか。  胴輪に慣れてくれれば、夢の「お散歩イグアナ」遊びができるのだが。
 胴輪対策事業……
 無神経な洒落だった。
 撤回。
 それに、語呂合わせのネタ元をワープロに頼るのは良くない。
 ワープロ依存ライター。
 写るンデスカメラマン。
 味の素大量投与ラーメン屋おやじ。
 コムロギャルソン。
 いずれも、大変に良くない。
 

8月7日 金曜日 晴れ時々曇り 於軽井沢
 午後1時出発。
 午後4時頃、関越・信越自動車道軽井沢碓井ICを経て北軽井沢にあるY田氏の別荘(浅間庵)に到着。
 イギー氏は体色が黒変している。
 とても機嫌が悪い。
 午後11時に就寝。

8月8日 土曜日 晴れ 軽井沢2日目

 午前8時に起床するも、午前中はそのまま二度寝を決め込む。
 午後、イギー氏にロープをつけて散歩をたくらむも、草原に置いた瞬間にパニック。手に負えず。
 やはり樹上性トカゲを犬猫扱いにしてはいけなかったようだ。
 というよりも、樹上性の生き物は、牧草地のような平べったい場所(逃げ上がるべき高所が存在しない平面)に身を置くことに恐怖を覚えるものなのかもしれない。
 考えてみれば当然の話だ。
 我々とて、たとえば熱帯林の高木のてっぺんだとか、断崖絶壁の棚にいきなり置かれたら、パニックに陥るに決まっている。
 気の毒なことをした。

 地面にへばりついて生きている地上性の生き物である我々にとって、イグアナの気持ちを理解するのは容易なことではない。
 結局
「ほーら広々として気持ちがいいぞ」
 式のおためごかしで樹上性トカゲをパニックに追い込んでいたわけだ。
 反省。