9月3日 日曜日 晴れ
 浦和の試合を見直す。
 ひどい。
 やっぱりどう考えてもひどい。
 どうして小野伸二を使い続けるのか。  素人目に見ても、あんなに足が痛そうにしている選手を106分使い続ける理由はどこにもないはずだ。
 本人は「出る」と言ったのかもしれない。いや、たぶんそう言ったのだろう。
 が、そうだとしても、まだ二十歳の、しかもつい先日挫折を味わったばかりの選手のやけっぱちな結論に甘えて良いものなのか?
 走れなくても、守備ができなくても、あれだけの視野の広さとパスセンスとボールタッチの正確さがあれば、小野伸二は充分に戦力になる。その事情はわかる。まして、浦和の現状では、50パーセントの体調でもいないよりはましな選手ということになるのだろう。早い話、逆サイドやスペースを見ている選手がほかにいないんだから。阿部が故障(ほんとか? 監督との確執じゃないのか?)だし、福永はなぜかいない(たぶん監督とうまくない。出るたびに戦術に文句つけてたし)、ペトロ(どうしたんだ?)もチキ(引退したんだから当たり前だけど)もいないし、池田伸は移籍し、広瀬はとても90分使えないわけなんだから。
 けれども、チーム事情がどうであれ、せめてバックアップは用意すべきだったし、足を引きずり始めたらその時点で交代させるぐらいの配慮はあってしかるべきだった。
 なあ、斉藤さん。
 あんたの自己保身を責めるつもりはない。勝つためには手段を選ばないっていう態度もある場合には指揮官には必要なんだろう。
 でも、あんまり近視眼的だと思わないか?
 目先の一勝のために、この一年、小野伸二は何回故障をした?
 いま、こうして無理に出場して、今後何も起こらないという確信でもあるのか?
 これで伸二がツブれたら、あんたは日本のサッカー界に対してどう責任をとるんだ?
 それとも、三菱ファミリー内での向こう2ヶ月ぐらいの責任しかアタマにないのか?



※ペトロビッチ退団!!
 ……おおおおい。うそだろ?
2部(J2)の浦和は3日、MFペトロヴィッチが16日の大宮戦(駒場)を最後に退団すると発表した。子供の教育問題など家庭の事情によるもの。同選手は1997年11月に浦和に加入し、今季はJ2で15試合に出場している。 (時事通信より)
 どうしたんだ?
 何があったんだ?
 チームのオフィシャルサイトには何の情報も出ていない。
 今日の練習試合の結果(学芸大に3点も取られて4−3)は出ているのに。
 おい、どういうことなんだよ、これは。
 もうメチャメチャじゃないか。

 三菱自動車のニュースを見ながら、「三菱の官僚主義」ってな話は、自分には関係無いと思っていた。
 ジャーナリスト連中の唱えるお題目に過ぎないと思っていた。
 が、三菱の官僚主義は、めぐりめぐって、とんでもないところでオレの生活の大切な部分を蝕んでいる。
 三菱の連中の、局面局面での無責任な決断(というよりも不決断、つまり、前例の踏襲と順送りの人事と身内至上主義)が、現場の判断を曇らせ、浦和レッズのサッカーを場当たりの素人博打に変え、それらのシステム化された無責任が個々のサッカー選手の将来を体系的に奪っている。
 サッカー選手は、現場で結果を出すこと以外に権利確保の方法をひとつも持たされていない人々だ。しかも彼らの責任はダモクレスの剣の如くに、グラウンドの上で間断無く問われ続ける性質のものだ。
 とすれば、それを管理使役する側の人間も同じリスクを負うべきだ。王の座に座る者は、頭上に剣をいただき、膝下に針のムシロを延べ、心臓に動脈瘤を抱えているべきだ。
 なのに斉藤はただ放心して座ったきりで、一時間半以上先のことは考えないし、1週間より昔のことは忘れてしまっている。
 お前はハンフリーボガードか?

 寝よう。
 こういう時はほかにどうしようもない。

 わが友ペトロビッチよ。
 いまは、言うべき言葉が見つからない。
 肝心な時、言葉は何の役にも立たない。
 いつか、お互いに余裕ができたら、アドリア海に散らばる島を眺めながらゆっくり紅茶でも飲もうじゃないか。
 その時になったら話せるかもしれない。
 ぼくたちがいかに熱烈にキミを必要としていたか。
 そして、浦和の状況がどんなふうにしてぼくたちの間にねじれた風を吹かせたのかを。
 ゼリコよ。
 怒れるミッドフィルダー、狷介不屈にして陽気なパトスの泉。芝の上を行く騎士、永遠のボールチェイサー、ゼリコ・ペトロビッチよ。
 ぼくはキミのスライディングタックルを忘れない。
 右サイドの深い位置からピンポイントでペナルティーエリアに達する美しいパスも素晴らしかったけれど、なんといってもキミのプレイではスライディングタックルが一番だった。
 倒れている敵を横顔で見下ろしながら、すばやく立ち上がり、何かをわめきながらボールとともに走り出すとき、キミは古代フェニキアの戦士みたいだった。
 さようならペトロビッチ。
 浦和を憎まないでくれ。
 おねがいだから、この平和な国の優柔不断な人々を軽蔑しないでくれ。
 きみをいらいらさせたかったわけじゃないんだ。
 正直に言おう。
 ぼくたちはおびえていた。
 それだけの話なんだよ。
 そう、ぼくたちはいつでもいくつかの別々の気持ちに引き裂かれながら、視線を泳がせて歩いている。
 良い事だとは思っていない。
 でもペトロよ。
 それがこの50年の結論なんだ。
 不決断ということが。



 訃報。L社のF森氏。まだ四十歳になっていないはずだ。
 十年ぐらい前、お互いに一番忙しかった頃、余裕の無い中で会うことが多かった。そういう時でも、ゆったりとした雰囲気を失わない人だった。「悠揚迫らぬ」という表現がぴったりくる温顔。残念なことだ。
 メールボックスを見ると、このホームページのカウンタのNo.1から4を獲得した旨を報告するメールが残っている。
 去年の6月から(→入院は今年の6月からだったそうです)すい臓ガンで入院していたのだそうだ。
 どうして神を信じる人間がいるのだろう。
 あいつのやってることはまるで出鱈目じゃないか。



9月4日 月曜日 曇りときどき晴れ
 眠れず。
 午前5時からサッカー観戦
ball20.gif2002W杯南米予選ブラジルVSボリビア戦
 ESPNにて生放送をTV観戦。
 場所はリオのマラカナンスタジアム。土砂降りの雨の中、なんだかすごい雰囲気で試合が始まった。ブラジルにとっては是が非でも大量点を取って勝たねばならない試合ということで、出足からカタい。
 久々にストライカーらしいストライカーの仕事を見せてもらった。
 眼福。
 試合終了とともに朝食を食べて即就寝。
 涼しいのでそのまま午後遅くまで寝る。

 夕刻、午後6時よりF森君の通夜。大宮駅の近所にある東光寺というお寺におもむく。
 享年39歳。独身。
 会社経営のかたわら、山ほど本を書いて、大学の助教授さんまでこなしていただけあった、参列者は多い。
 懐かしい顔がたくさん来ていた。
 故人の引き合わせであろう。
 I川氏は、さすがに悄然としていた。
 20年来の相棒を失った気持ちは察するにあまりあって遠い。
 それでも人生は続く。
 電車は常と変わりなく走り、金利は乗り、テレビは笑いを取ろうとして空回りを続けている。
 神を信じている人間は脳味噌が溶けているのだと思う。


9月5日 火曜日 雨
 えらく涼しい。
 テレビの伝えるところでは十月下旬並みの気温だという。
 長い昼寝。

ball20.gifオリンピック壮行試合 日本五輪代表VSモロッコ五輪代表
 NHK-BSを録画にまわしながら、フジテレビで観戦。
 フジの中継はなかなかしっかりしている。
 解説のカザマさんもうるさすぎなくて良い。
 前半は決定的なチャンスが点に結びつかない不運が続いたが、後半になってからはほぼ一方的な日本のペース。でも、小野君がいないからいまひとつ盛り上がらない。
 ということで、観戦記は省略。
 モトやんの1点はうれしかった。
 それでも人生は続く。
 いのちのある限り、こちらのモチベーションとはかかわりなく、まるで予約済みの手続きであるみたいに。


9月6日 水曜日 晴れ
 歯医者。
 両方の奥歯にガタが来ている。
「根気良く通ってもらわないと」
 はい。
「右の奥歯はこれから痛むかもしれませんよ」
 はい。
「親知らずも顔を出しかかってますね」
 はい。
 ということで、今日はもう寝ます。


9月7日 木曜日 晴れ
 ホームページ更新作業に没頭。
 5日の夜に出来心でとりかかったのが良くなかった。
 この種の作業はもっとヒマな時に取り組むべきなのだろうが、忙しい時に限って暇つぶしをしたくなるのはどういう心理なのか。
 
 読者からメール。学歴本は帯広には置いていないらしい。別のメールでは、神保町でも見かけないという情報(おい、神保町って言えば本のメッカじゃないのかよ)。
 初回配本分が売れてしまうと、それでしばらくは流れないということのようだ。
 バカな業界だ。
 注文すると2週間は待たされる。
 店頭に並んでいる分が売り切れも増産されない。
 ほかの商品でこんな間抜けな流通形態を取っているものがあるだろうか。

 先日、F君の通夜の席で会ったN君と書籍の流通の話をした。結論は、出版業界の流通は、他の商品流通市場と比べて20年送れているということだった。まあ、だからこそオレの本みたいなものが間違って商品として扱われたりしているということもまた事実なのかもしれないが

 N君はコンピュータ関連の技術書や入門書を中心に、既に100冊以上(150冊は行っていると思う)の本を書き上げているスーパーなライターだ。
「Nちゃん、働き過ぎだよ」
「ははは」
「早死にするよ」
「はははは」
「昨日見たらホームページの著書紹介のページがスクロールしてるじゃないか。良くないよ、ああいうのは」
「ええ、だから、もう本を書くのはやめようと思ってるんです」
「えっ、引退?」
「いや、そういうわけじゃなくって」
「ライターが本書かないでどうするのさ」
「いや、わざわざ紙にしないっていうだけの話ですけど」
 つまり、彼のようなライター(大学の講師、コンサルタント、作曲家、L社の社員、どれが本当の肩書きなんだろう)は、もはや書店で流通している紙の本とは無縁な存在になりつつあるのだ。というのも、彼の読者層は書店で本を買うような素人さんではないからだ。
 で、N君はニューズレターを書く。
 彼の書くニューズレターは、非常に情報価値が高い。だから部数はともかく、必ず高い値段で売れる。
 とすれば、必ず売れるコンテンツをかかえている彼のような人間が、出版屋だとか本屋だとかいったノロマで情報感度の低い人たちと付き合っても、あんまり意味がないわけだ。
 いま、N君は、色々なコンテンツをインターネット経由で販売していて、すでに仕事の主力はそっちに移っているらしい
 なるほど。
 エキスパート向けの、専門性と時事性の高い(しかも陳腐化のはやい)情報は、わざわざ紙に印刷してもメリットがない。編集や印刷にかかるコスト(手間、時間、カネ)もバカにならないし、流通経費もかかる。なにより、著者が書いた時点と、読者が読む時点との間にタイムラグがあるのが許せない。
 なるほど。
「オダジマさんも、なんかネット経由で売りたいコンテンツがあるんなら、ボクんとこでなんとかなりますよ」
 うむ。
 
 ところで「学歴本」という言い方ですが、例の本のタイトルがあんまりフルネームで口に出したくない調子のものなんで略させてもらってるわけです(いっそ、「学歴本」で出せば良かったかも)。
 最近、発音をはばかる長ったらしいタイトルの本の方が多い。
 で、出版界には、そういう本(つまり「タイトルがダサい本」ということ」)が売れるのだという説がまことしやかに流れている。いや、むしろ、業界の人間がそんなことを信じてるから長いタイトルの本が増えているのかもしれない

 ともあれ、タイトルや装丁が本の売れ行きにどんな影響を及ぼすのかは誰にもわからない。
 現状で出版物の売り上げを左右するものとしてアテになるのは、著者の知名度とテレビ番組とのタイアップぐらいだ。それ以外の要素は迷信と断じて差し支えない。
 出版業界の関係者は常に迷信に取りつかれている。
「表紙の黒っぽい本は売れない」
「字詰めのキツ過ぎる本は売れない」
「表紙に著者の顔が載っている本は売れる」
 いずれも、特定のベストセラーや特定の絶版本にまつわる情報を拡大解釈した神話に過ぎない。
 それでも、業界の人間は、そんな不確かな情報にすがって今日も本を作っている。
 溺れる者は藁人形ってやつだ。
 たぶん、この業界は、本質的に博打なのだ。だからこそ、出版業界の人間は、やれ「500円玉で馬券を買うと大穴が当たる」だとか、「雨の日は天釘のシブい台が出る」だとか言っているアタマの悪いギャンブラーみたいな調子でつまらない縁起を担いでいる。
 哀れだ。
 笑えないけど。


9月8日 金曜日 晴れのち一時雨
 午後、打ち合せ。
 4時より巣鴨。
 引き続きホームページの更新作業に取り組む。
 ところで、「ホームページ」という言葉の混乱がわずらわしい。
「ほめぱげ」と呼ぶ一派もあるようだが、どうだか。
 決め手はない。
 まあ、仕方がないですね。


9月9日 土曜日 晴れ
 午前中、荒川サッカーグラウンドに出動。
 クルマの乗り入れができない。
 帰って昼寝。

ball20.gif湘南ベルマーレVS浦和レッズ
 2-0で勝利とのこと。
 テレビ放映は生放送がなかったので未確認。10日の深夜(11日未明)にJスカイスポーツ1で録画中継があるのでそれを観ることになるだろう。
 1点目は小野君のPKとのこと。
 まあ、なんでも良い。ごっつぁんゴールでもPKでもどんどん決めて自信を取り戻してほしい。
 ペトロは出なかったようだ。
 小野君はフル出場とのこと。
 論評は控える。