1月30日 日曜日 晴れ
 深夜2時より、城君の試合をBS1にて生観戦。
ball20.gifスペインリーグ・バリャドリードVSラコルーニャ
 とにかくめでたい。
 城よ。
 かのフランスワールドカップの折、私はキミを「あさっての城」と呼んだ。
 許してくれ。
 キミは、明後日を明日に、明日を今日に引き寄せようとしている。
 城よ。
 いまこの時を大切にしてくれ。
 今日が昨日にならないうちに。
 城よ。
 時を逃してはならない。
 日々はうなぎのように把握しがたく、栄光はトゲウオのように気まぐれだ。
 城よ。
 私は祈っている。
 キミの明日が、私の明後日を輝かせてくれることを。
 そして、キミの栄光の日々が、昨日の城を忘れさせてくれることを。


1月31日 月曜日 晴れ
 わかっている。1月も終わろうとしている。
 2月1日から心を入れかえて頑張ろう。
 一事が万事だ。
 若人よ。一事がバンジージャンプだ。
 とにかく、跳び込まない限り何も起こらない。


2月1日 火曜日 晴れ
 2月だ。
 なんとかしなければいけない。
 友よ。
 なんとかしなければ、どうにもならない。


2月2日 水曜日 晴れ
 浦和レッドボルテージを訪問。
 取材のために浦和レッズ関連商品各種を購入。
 フリースのベンチウォーマーコート、フラッグ、扇子、ボールペン、シャープペンシル、ノート、ファイルケース。2号ボールをゲット。レプリカ上下は、在庫なしということで後日に。
 うーん。
 帰宅後、試着。 「おお、いいじゃないか」
 と、一人、鏡の前で盛り上がる。
 子供っぽいと言わないでほしい。
 喜びというのは、中年男にとってさえ、常に子供っぽいものなのだ。
 大人の喜びと呼ばれているものは、あれは、喜びではない。
 持って回った安堵に過ぎない。
 アンド回路。
 いや、昼安堵か?
 オレは何を言っているのだ?
 狂ったふりか?
 弁解にはならないぞ。
 

2月3日 木曜日 晴れ
 慈恵医大病院に出動。
 今日発売の週刊文春が柏崎の女性監禁事件の容疑者の顔写真を公開した上、実名も報道している。
 世間は実名報道や顔写真紹介の是非について色々と論評しているようだが、むしろ問題なのは、「監禁飼育男」という見出しが醸しているなんともむごたらしいニュアンスだと思う。
 文春が実名報道に踏み切った意図そのものは理解できる。
 実名報道が適法か違法か、また、適切であるか不適切であるかはともかくとして、少なくとも犯罪容疑者の人権に対して及び腰であり過ぎるマスメディアの姿勢に対して一石を投じた意味はあると思う。
 ……なあんて、難しい議論には踏みこまないことにする。
 問題は「飼育」である。
 これはいくらなんでもひどい。
 この見出しは、加害者よりもむしろ被害者の人権を傷つけている。
 だって、飼育だぜ。
 金魚やハムスターじゃあるまいし。

 「監禁」が事件の性質を比較的客観的に描写する表現であるのに比べて、「飼育」という言葉には、その「監禁」のありさまを取り返しのつかない惨事に発展させようとする底意のようなものが感じられる。
 しかも新聞広告や中刷りで無差別に公開される見出しで、この表現だからなあ。
「違うんだオダジマ君。真実を見誤ってはならない。監禁・飼育をしたのはあくまでも犯人であって、我々はそれを報道したに過ぎない」
 と彼らは言うかもしれない。
 まあ、実際その通りではある。
 が、マスメディアによって「飼育された女」というふうにレッテルを貼られた被害者の立場はどうなるんだ?
 このレッテルに対する世間の反応について熟慮しましたか?
 記事の描写が「監禁事件」ぐらいに押さえてあれば、
「監禁されてたんですって」
「まあ、お気の毒に」
 で済んだはずのところが
「飼育されてたんですって」
「まあ、いやらしい。ケンちゃん。近づいちゃだめよ」
 てなことにならないか?
 うん、わかっている。オレはいま話を大げさにしてるよね。手口としては文春さんと同じかもしれない。
 でも、このページは、中刷りで大見出しを打つようなメディアじゃないわけだから、多少の誇張は勘弁してくれたまえよ。
 誇張の意図だって、文春さんのそれとはちょっと違うんだし。
 ともあれ、十九歳だという被害者の社会復帰を第一に考えようではないか。  その場合どうだろう? 「監禁事件の被害者」ということならまだ望みがある気はしないか? 
 しかし、「飼育少女」なんていうレッテルを貼られたら、将来もへったくれもなくなっちゃうんじゃないのか?

 たとえばの話、オダジマというライターがいたとしましょう。で、そのオダジマが、文春のとある雑誌に書いた記事がボツになったとします。あ、あくまでも仮定の話ですよ。
 で、ですね。その「原稿不採用事件」が、見出しのつけ方の違いによって、どういうふうに違って見えるかということを、ひとつ検討してみようじゃないですか。
 以下に、例を示す。
 うーん。
 仮定の話で被害妄想になっても仕方ないですね。
 まあ、どう言われてもいいけどさ。
 でも、仮に原稿がボツになるような事態に直面したとしても、私としては、世間の人に「原稿が掲載見送りになったそうですね」と言われる方がいいな。
「おい、聞いたぜ、文春に捨てられたんだって?」
 なんて調子で面白がられるのは、やっぱりちょっとキツい。
 いや、ボツはボツなんだけどさ。


2月4日 金曜日 晴れ
 確定申告の資料を作る。
 医療費の領収証を紛失していることが判明。
 インターネットをケーブルTV経由の接続に変更して以来、通信関連の費用が減少していることが判明。なによりNTTへの支払いが激減したことがうれしい。


2月5日 土曜日 晴れ
ball20.gifカールスバーグ杯 日本代表VSメキシコ代表
 午後4時からWOWOWにて観戦。
 いつものパターンと言えばいつものパターンだが、なんというのか、A代表の試合にはスピリッツがない。
 以下、選手について寸評。わからない選手は一律5.5点ということにした。考えてみれば、わからない選手を評価するのもおかしな話なのだが……まあ、パソコンのソフトレビューなんかでも、レビュアーが言う「平均点」というのは「オレにはわからん」という意味だからね。まあそういうことで。


●てるくはのる飛び降り

 京都の小学生2年生殺害事件の容疑者が、警察の任意同行の説得を振りきって逃走、団地の廊下から中庭に飛び降りて即死。まったく何をやっているんだか。
 埼玉の女子大生ストーカー殺人事件、新潟の監禁事件と、ここのところ田舎警察の不手際を露呈する目立つ。 しかしまあ、ひとつの警察署の管内に絞って考えてみれば、全国紙に載るような凶悪な事件は、何年かに一度しか発生しないわけで、この種の凶悪犯罪について警察官が経験不足なのは、ある意味仕方がない。とすれば、オウムだの広域殺人だの猟奇事件だのといった全国レベルの凶悪犯罪に関しては、地元の警察とは別に、FBIみたいな全国に網を張った専門組織が必要なのかもしれない。でなければ、各県警や警視庁の現場組を若いうちにニューヨーク市警だとかFBIに派遣するような制度を……
 ……って、この論調、「アウェーの国際試合や海外のトップリーグで修羅場の経験を積まないと国際レベルの選手は育たない」というサッカー雑誌の評論記事そのままだな。トップクラスの犯罪地帯で先発起用されるワールドクラスの警官の育成、か? フィジカルが強くて視野の広い中盤と、単独でも現場に突っ込んで行って結果を出せるツートップ? うーん、田舎の警察があんまり有能になるのはかえって憂鬱かもしれない。駐在さんは駐在さんで、世間知らずでいてくれた方がありがたい。プレスが甘くてフィジカルコンタクトに弱い警察。危機意識が希薄で、組織内に競争のない事勿れ主義の……おお、浦和レッズみたいだ。っていうか、浦和レッズが埼玉県警みたいだってことか? 彩の国の田舎警察サッカー。駐在さんディフェンスのアマアマな守りを背景に、巡査フォワードが繰り出す威力を欠いた定期巡回シュート。署長の顔色をうかがうしか能のない繁文縟礼の警部補ボランチが出向ミッドフィルダーと交換する稟議パス。ねずみ取りオフサイドトラップ。アリバイプレス。代用監獄ベンチ。何を言ってるんだ、オレは。
 捜査本部によると、この日午前7時ごろ、捜査員が伏見区の自宅に行き、任意同行を求めた。男は「公園でなら話をする」と言った。このため、近くの公園に移り、男の母親にも加わってもらい同行に応じるように説得を続けた。
 しかし、男は「いきなり訪ねて来るのは失礼や」「今日は友達と会う約束があるので行けない」などと拒否。午前11時50分ごろ、突然走って逃げ出し、約300メートル西にあるスーパーに駆け込んだ。中を走り回った後、スーパーの前にある伏見区向島四ツ谷池の団地に逃げ込んだ。午後0時40分ごろ、団地の中庭で男が倒れて亡くなっているのが見つかった。捜査本部は、13階から飛び降り自殺したとみている。(Asahi.com)

――捜査員何人で任意同行を求めたか。
 19人。家宅捜索と本人への出頭要請、関係者からの事情聴取の人数を合わせた人数だ。
 ――捜索令状の内容は。
 殺人と銃刀法違反である。
 ――家宅捜索の状況は。
 午前11時7分から捜索開始。凶器は未発見。
 ――逃走の状況は。
 200メートルほど追尾したが、見失った。周辺を捜査していた。
 ――公園での説得は。
 午前8時20分から始め、11時50分に逃走した。本人がベンチに座り、捜査員2人が向かい合って話をした。2人のほか4人、捜査員計6人が周辺にいた。
 ――周辺とは。
 公園のなかだ。
 ――説得の状況について。
 10時半ごろから母親が加わった。彼女はそれまで、捜査員から事情を聴かれていた。そこから公園に移った。母親は本人に「行って話をしなさい。信じている」。それに対し、本人は「行かない」と繰り返した。
(以上、記者会見抜粋:Asahi.com)

 つまり、19対1という圧倒的な数的優位を突破されたわけだ。
 まず、自宅から公園にサイドチェンジを決められたのが大きい。これで、守備陣形が崩され、マークが曖昧になってしまった。が、それでも6対1だ。落ちついてマークの受け渡しをきちんとしていれば、みすみす失点を喫する状況ではない。相手の置かれた立場(数的不利、戦況の逼迫)を考えれば、ゲームの流れから言ってやぶれかぶれの突破やパワープレーに出てくることは容易に想像できたはずだ。とすれば、ディフェンダーはゾーンではなくマンマークで守備すべきではなかったか。
ディフェンダーのラインコントロールは機能していたのか。ラインを破られた際に、誰が身体を寄せ、誰がパスコースを限定し、誰がボールを奪いに行くのかという約束事がチーム内で徹底されていたのかはなはだ疑問だ。
 いや、そもそも逮捕状を用意していかなかったところが戦術的な失策だったと言うべきかもしれない。
 確かに戦況は有利だった。が、有利だからこそ、果敢にインターセプトを狙うべきだったのであって、戦況の優位を楽観してリスクを犯さないコース限定の守備で事足れりとした判断は、ディフェンスリーダーおよび監督の怠慢と言われても仕方がないだろう。