12月19日 日曜日 晴れ
 静かな日曜日。
ball20.gif天皇杯4回戦:鹿島VS名古屋
 BS1で生観戦。
 終盤、追いついた名古屋が勢いに乗って逆転勝ち。
 名古屋はマジで強い。
 ジョアン・カルロスの有能さは、平野みたいな気分屋の選手が本気でやっていることでも十分に証明されていると思う。

ball20.gif天皇杯4回戦:浦和VS柏
 前半は浦和のペース。
 小野伸二を中心にボール支配率で柏を圧倒。でも、このパターンって……「浦和のペース」というより、「浦和の負けパターン」みたいにも見える。攻め込みながら点が取れずに後半力尽きて……
 案の定、後半十分に伸二が柏のDFに削られて退場すると、わがレッズはまったく別のチームになってしまう。
 パスは回らないし、ボールを落ちつかせてゲームプランを示す選手がいない。
 文字通りの烏合の衆ですね。
 ナカータ抜きのペルージャよりまだひどいと思う。
 来年は大丈夫なんだろうか?
 

12月20日 月曜日 晴れ
 ノック強制捜査。
 大阪地検の特捜部が知事室から山ほど段ボールを運び出す映像が流れていたが、強制わいせつの捜査でどうしてあんなに証拠が必要なんだろう?
 何かほかに狙いがあるんだろうか。

 左足親指の爪、ついに剥がれる。
 詳しくは9月26日の当欄を参照。
 結局、爪が死んでから剥がれるまで3ヶ月かかったわけだ。
 ある意味では天晴れだ。
 自らは死んでいながら、後任(次の爪)ができるまで頑張っていたわけだから。


12月21日 火曜日 晴れ
 ノック辞任
 浦和レッズ。中川社長&横山GM留任!
 死んだ爪みたいな。
 っていうか、爪どころか、足全体が壊死しているのかもしれない。


12月22日 水曜日 晴れ
 ある原稿を書いていて、ふと「国際派のナショナリスト」という言葉を使って、考え込んでしまった。
 ヘンだぞ。
 「国際派のナショナリスト」?
 形容矛盾じゃないのか?
 うーむ。
 十年前なら完全に形容矛盾だったと思う。
 まあ、「攻撃的ゴールキーパー」なんていうことが言われる世の中だからなあ。

 国際派と国粋派という対立の図式自体が既に無効なのかもしれない。
「愛国心を持たない人間は真の国際人たりえない」
 みたいな主張は昔かあったが、それにしても最近のナショナリスト諸君は、二言目には「国際標準としての国家主義」式の主張を展開する。
 わけがわからない。
 混乱しているのはオレの方なのだろうか?
 オレが乗り遅れているだけなのか?
 オレとか筑紫哲哉とかみたいな旧世代のインテリが。いや、オレはインテリじゃないけどさ。
 昔は、「欧米では」「国際的な常識では」みたいなことを言うのは左側の人間と相場が決まっていたのだが、最近は、むしろ右側の論客がこのテの接頭辞を持ち出す。
 どうしてだろう?
  1. 海外渡航の機会が圧倒的に増えて、一般国民のアタマの中にあった神話(「国際社会」と呼ばれる「国境無き理想郷」にまつわる幻想)が崩れたから。
  2. 単に外人さんとの間で摩擦を経験する機会が増えたから
  3. 日本人の国際化が「図々しさ」という形で実現されたから
  4. オブチとかがあんまりだらしないから
  5. 英米のロックミュージックが力を失ったから
  6. 日本国内の話に限らず、国際的に「リベラリズム」という立場が死滅したから
  7. オブチとかがあんまりみっともないから
 うーむ。
 いずれにしても「独善を排除する」式の独善は、流行らないよな。

 っていうか、むしろ「リベラルな国家主義者」みたいなものがこの先、力を得て行くのだろうか?これ、完全に形容矛盾だけど。
 いったい21世紀はどういうことになっていくのだろう。
 私が若かった頃、世界はわかりやすかった。
 あらゆるものにレッテルが貼ってあり、人々の立場は、目で見るだけで識別可能だった。
 たとえば、ファッションは、見かけの問題であるよりは、思想の表現だった。リーゼントのアタマは「喧嘩なら買うぜ」ということであり「オレの前を横切るときは注意しろよ」ということであった。長髪は長髪で「ボクは日米安保条約には反対です」ということであり「日本って、ダサいよね」という述懐を無言のうちに語っていた。
 右、左、ということも、ほとんど髪の長さで測定可能な概念だった。
 が、そういったタイプの身体言語は、どうやら無効になっている。

 今の若い連中にも、彼らなりの主張はあるのだろう。
 が、彼らの主張は、我々の時代の若者がそうであったほどには、露骨に身体化していない。
 ドレッドロックやモヒカンといった記号化した思想(かつて髪型は、一種のスローガンであった)が彼らにもあるのかもしれないが、私にはわからない。
 顔黒山姥のコギャルファッションだってひとつの主張を含んでいるんだろう(「男に媚び売って行きてくのって最低よね」ぐらいだろうか?)のかもしれない。
 が、もはや私は、彼らの格好から彼らの心情を読み取る感受性を欠いている。
 まあ、読み取りたくもないし、別の国の人間だと思ってればいいわけだが。
 
 うまくまとまらないけど、おしまい。
 忙しいし。


12月23日 木曜日 晴れ
 天誕。
ball20.gif天皇杯4回戦:名古屋VS磐田
 BS1にて生観戦。
 松木さんの解説は事勿れ主義のNHKには珍しく審判に厳しかった。確かにロペスの突破を手で止めた磐田のGK尾崎のプレーは、あれはどう考えても一発レッドだけど。
 
 レッズのフロントはどうするつもりだろう。
 何も聞こえてこない。
 役人みたいだ。
 連中はアカウンタビリティー(説明責任と訳すんだっけ?)というものをどう考えているんだろう。

「情報公開? くだらねえこと言うなよ。情報処理能力もねえくせして」
 くだらないってことはないでしょう。情報が隠蔽されていたら何もはじまらないじゃないですか。
「ふん。通りすがりのひやかし客の分際でいっぱしの口をきくんじゃねえよ。じゃあ、アレか? お前らはレストランでメシ食う時、厨房の裏の生ゴミも見たいわけだな? テーブルの上に腐った肉だのジャガイモの皮だのが山盛りになってないと納得できないってわけだ」
 違うでしょう。それとこれとは。だいたいあなたは公僕であって、レストランのオーナーじゃありませんよ。
「違わねえよ。大体、どこのメシ屋だって、厨房に入ればゴキブリの20匹や30匹はいるにきまってるんで、それを見つけたぐらいのことでいちいち鬼の首とったように騒がれても困るんだよ」
 厨房からゴキブリを根絶するのがあなたたちの使命なんじゃないですか?
「違うね。オレたちの使命は単に衛生的な食事の提供だよ」
 その衛生的というのが信じられないから私たちだって、厨房の公開を要求せざるを得ないんじゃないですか。
「情報を見てどうするのさ? ド素人が。どうせ不安になって騒ぐとか、上品ぶってメシ残すとか、そういうことしかできないんじゃねえか。いいか? ゴキブリのいない厨房を確保したいんなら、最低でもランチに5000円ぐらいは払うもんだぜ。それもできないくせにグダグダ言うなってんだよ。やれランチは500円で出せの、ゴキブリを退治しろのって、包丁一本握ったこともねえ腐れ素人が人の料理に文句つけてるんじゃねえよ」
 つまり、こういうことですか? あなたたち官僚は専門家なんだから、国民よりも偉いと。
「当然だろバカ」
 建前を言わせてもらうなら、あなたたち官僚は、われわれ国民の代表たる政治家に使われるべき立場の人間ですよ。
「はっは。あの陣笠連中が国民の代表ってか? なるほどな。つまり、国民がバカぞろいなんだから、政治家はバカの代表ってことだよな? 違うか? 選挙だの国民の審判だのとくだらねえことぬかしてるけど、審判してる連中の頭に脳味噌がはいってないんだから話になりゃしないだろうがよ。その点オレらは試験を通ってる。言っとくけど、この試験にインチキはないぜ。バカが採点してるわけでも、バカに媚び売って試験通ってるんでもないんだ」
 じゃあ、あなたたち官僚は国会議員に優越した存在だと?
「当たり前だろ、あんなアブラぎったバカオヤジどもと一緒にしないでくれよ」


12月24日 金曜日 晴れ
 クリスマスイブ。
 イヤな習慣だ。
 宗教的な行事だからイヤだというのではない。
 少なくともこの国では、クリスマスはあんまり宗教的なものではない。
 クリスマスが、ロマンチックなイベントとして商業化されていることは不愉快ではあるが、これもまあ仕方のないことだ。
 若い連中にしてみれば、このテのイベントがないとなかなか交際のきっかけがつかめないのだろうし、それを軽薄だと決めつけるのはちょっと残酷だ。といよりも、そもそも恋愛というのは軽薄であって然るべきもので、間違っても相互理解なんかではない。
 相互誤解?
 うん。
 二人マスターベーション。
 
 腹立たしいのは、クリスマスが贈答の習慣に組みこまれているということだ。
 個人的な趣味なのかもしれないが、私は誰かに者を贈ったりもらったりすることが嫌いだ。
 といって、貰うのを拒否することはできない。
「要りません」
 というのは、あまりにカドが立つからだ。
 であるから私の場合は、貰いっぱなしということになる。
 これも愉快なことではない。
 本当なら貰わないのが一番いいのだ。
  1. 一切の贈答品の受け取りを拒否し、自分の方からも一切のプレゼントをしない。
  2. 貰うだけは貰うが、返礼をしない。
  3. 受け取った物については、返礼をする。
  4. 自らすすんで人に物を贈る。
 私が取っている態度は、2番だ。
 あんまり褒められた態度ではない。
 本当なら1番でなければならない。ちなみに、1〜4の態度を一言で表現すれば以下のようになる。
  1. 偏屈
  2. 非常識
  3. 義理堅い
  4. 押し付けがましい
 たいていのひとは、3番のところにいる。
 でも、誰かが2番なり1番にならないと、この習慣は拡大再生産されることになる。
クリスマス。
誕生日。
バレンタインデー。
ホワイトデー。
中元、歳暮、引越し、旅行土産、帰省挨拶。
バカみたいだ。

 贈り物が好きな人たちは、贈る側の都合でものを選ぶ。
 そういうふうに独善的だから贈答が好きだということなのかもしれない。

 本来ならこういうプライバシーはあんまり書きたくないのだが、2年生の息子には「デジタル九九なんたら」とかいう掛け算の九九を習得するためのおもちゃがプレゼントされた。
 くだらない。
 九九なんてものは、2週間もあれば自然に覚えてしまうものだ。
 私自身、口の中でごにょごにょ言っているうちにじきに覚えてしまった。
 いや、必要とか不要とか言うことをことさらに言いたてようというのではない。だって、不要にきまっているから。
 問題は、かさばるということと、この種の「知育玩具」というもののいやらしさだ。
 おもちゃ売り場に行くと、積み木であれなんであれ、ほとんどすべての幼児用のおもちゃには「知育玩具」「教育おもちゃ」「創造性を育てる」「想像力をはぐくむ」といったキャッチフレーズがついている。
 ウソだとは思わない。
 子供が遊ぶということは、そもそも知的なことだからだ。
 とすれば、単なる丸いボールであれ、四角い積み木であれ、子供が遊ぶ道具は、すべて知育玩具だ。
 くだらない。

 四年生の娘には、白地図のブロックおもちゃ。
 これもデカい。
 要するに都道府県の形をしたジグソーみたいなものを組み合わせて日本の形をつくるというものなのだが、それぞれのピースの厚みが二センチもある。
バカみたいだ。
 こんなものをどこに保管しておけというのだ?
 いや、これだけならいいのだ。
 うちには、このテの腐りきった知育玩具が山ほどある。
 クリスマス、誕生日、正月、あらゆる機会にプレゼントされたクソみたいにかさばるバカなおもちゃ。
 おもちゃは、おもちゃである以上、寿命がある。
 小学生にあがった子供は、いまさらアンパンマンのかるたなんてやりたがらないし、プラスチックのデカい積み木にも興味をしめさない。当然だ。
 が、使わないから捨てるのかというと、そういうことにもならない。
「せっかくいただいたものだから」
 おい、オレのうちは倉庫なのか?

 人付き合いなんてたくさんだ。
 落ちついて考えてみると、会いたい人間は片手で足りる。
 誰に会ったところで、どんな会話があるのかもわかりきっている。
 どうせ面白いのはオレの方なのだ。
 とすれば、一人で考え事をしている方がずっと楽しい。
  

12月25日 土曜日 晴れ
 Y田家にて夕食。
 ピザ。
 マリオパーティ2。なかなかよくできてやがる。