11月28日 日曜日
 午後2時起床。
 安行まで義理を果たしに行く。

 レッズについては、まだ語る時期ではない。
 言いたいことが多すぎる時、言葉はあんまり役に立たないから。
 だから私は、かつてレッズの安楽を背もたれのように守っていた一人の無口なセンターバックにならって、くちびるをかみしめることにする。
 ギドよ。
 最終ラインからおもむろに始まる、君の長いゆったりとしたドリブルをぼくはよく覚えている。
 その大きなストライドの、スピードを欠いた、しかし力に満ちたドリブルは、奇跡のような突破力でフィールドを支配していた。
 敵をかわすスピードもなく、相手をあざむくフェイントも見せない君のドリブルが、フィールドの中央を切り裂いて行く様は、まるで、出エジプトの時のモーゼのようだった。
 ギドよ。
 君を失ってから何年になるのだろう。
 君の居るところから、こっちが見えるかい?
 エジプトに残されたぼくたちは、いま、途方に暮れている。
 そして、永遠の彼方に霞む水平線に目をこらしながら、海が割れるのを待っている。
 もうしばらくしたら、誰か勇気のあるリーダーが、海に向かって歩きはじめるかもしれない。
 その時、海は二つに割れるだろうか。
 ギドよ。
 霧笛が鳴っている。
 ぼくの気のせいだろうか。
 それともこれは、君の泣き声なのか?

 いや、感傷的になるべきではない。
 確かに、もしギド・ブッフバルトが泣いたら、その声は古い捕鯨船が南氷洋で鳴らす霧笛のように浦和の大気を震わせるに違いないが、そういうしみったれたことを考えるべきではない。それに、たぶん、捕鯨船は霧笛なんて鳴らしたりはしないのだ。
 ちくしょう。
 仕事に身がはいらない。
 まるで月夜の蟹のように。
 いや、くだらない比喩に走るのはよくない。
 月夜の蟹はロクに身もはいってないくせにVサインを出している。
 あの、ジェフのうすっぺらなストライカーの……
 やめておこう。

自慢!!!
 午後6時、突然思い立って西が丘サッカー場に行った。
 そう、去年から決意していた、トヨタカップ来日チームの練習見学のために、だ。
 本当は昨日、レッズの残留を確認してからその足で行くつもりだったのだが、ゆんべはそういう状態ではなかったのだ。
 で、今日もあんまり気分は冴えなかったのだが、ともかく今年また見逃すと、また一年間うじうじ後悔することになると思って、行くことにしたのだ。

  • 午後6時05分:おお、西が丘サッカー場の入場口付近に、警備員が立っている。「来るぞ」と同行したY田氏が断言する。「これは、絶対に来る。この雰囲気は本物だ」と、Y田氏は既に興奮状態。
  • 午後6時15分:クルマを近所の路上に停めて、サッカー場入り口に向かう。途中、駐車場に日テレのクルマが停まっているのを確認。「おお、こりゃ本物だ!」と叫ぶ。ばか。本物に決まってるじゃないか。何を興奮しているんだ、オレは。
  • 午後6時30分:日テレの船越アナが到着。いよいよこれは本物だぞ。
  • 午後6時45分:200人ほどの人だかりの中で待つうちに、富士急行の二階建てバスが到着。一同、どよめく。
  • バスからマンチェスター・ユナイテッドの選手が降りてくる。おお!ロイ・キーンだ。おおおおお、スタムじゃねえか。そしておおおおおお、おおお、ベッカムだああ。「ベッカム」と思わず叫ぶ。ダメだ。オレのミーハー気質は一生治らない。スーパースターのオーラには抵抗できない。方々から「ベッカム!」と声がかかる。声をかけてどうしようと言うのか? しかし、ほかの言葉も思いつかないのだろう。誰も皆同じだ。
  • 6時55分:スタジアムの柵の切れ目からコーナーポストが見える位置があって、そこに10人ほどの人だかり。行ってみるとちょうど選手たちの通路になっており、ファーガソン監督が、ファンの求めに応じてサインをしている。おい!何も持ってきてないぞ! と焦る。
  • 7時00分:思い余ってバックスタンド側の石垣を登っていると、ブレザーを着たおっちゃん登場。「いま開けるから登らないで!」と注意される。42歳にして叱られるとは。しかし、いまあのブレザー(協会のブレザー?)のオヤジは確かに「開ける」と言ったぞ。おい! ファーガソンの好意なのか? おい! こりゃすごいぞ。
  • 7:05分:本当にゲートが開けられる。しかもタダ。混乱を警戒して、警備員は20人ずつぐらいの小集団ごとに入場させている。といってもせいぜい300人ぐらいだが。
  • 7:10分:練習開始。全員で、ドリブルをしながらのジョギング。そのあとストレッチング。10メートルダッシュ8本ほど。またストレッチング。
  • 7時30分:寒い。サンダルで来たことを後悔。オレは、サンダルばきで、しかも右足親指のツメが死んでいる(サンダルサッカーのため)のに石垣を登ったのだなあと、感慨にふける。オレもまだまだ若い。しかし寒い。
  • ※練習は、このあと「ポゼッション練習」と呼ばれる、2チームに分かれたミニゲームっぽいもの(ゴールはしない。といっても単なるボールの取り合いではなく、時に何かのきっかけでサイドチェンジをする)が続く。
  • ※手前コーナーは、ディフェンダー陣のミドルシュート練習。あるいはキーパーのキャッチ練習なのか? 向こうのゴールを使ってベッカム、ヨーク、キーンら主力選手が、パス→ポスト→クロス→シュートの練習。右サイドのベッカムのクロスは凄い。おおおおお、ナマのベッカムのクロスを、こんな至近距離で……。観客席の連中はパチパチと写真を撮っている。なんでビデオカメラを持ってこなかったのか。悔やまれる。
  • 8時30分:練習終了。寒さで完璧に歯の根が合わない。
  • 8時35分:真っ先にスタジアムを出たオレは根性がなかった。未練たらしくスタンドに残っていたY田氏によれば「ロイ・キーンとかが握手したりサインに応じてたりしたぞ」とのこと。あああ。

 いや、素晴らしい体験であった。
 私自身としては、上野アブアブ赤札堂の地下売り場特設ステージにキャンディーズを見に行って以来のミーハー気分を味わった。 

 
 というわけで、まだまだ書きたいことはあるけど今日のところはこれでおしまい。本当は仕事が詰まっててこんなことやってる場合じゃないのだよ。


11月29日 月曜日 晴れ
 仕事部屋の蛍光灯が突然切れた。
 なるほど。
 2日ほど遅れたものの、義理堅く反応してくれたわけだ。
 いいだろう。
 あんまり明るいのもヘンだしな。

 ところで、某サッカー掲示板によると、ニュースステーションに村上龍氏が出てきて、サッカーについて色々と言っていたらしい。
 で、その掲示板には、反発の声が渦巻いていた。
 当たり前だよな。
 だって、この人、日本のサッカーに対しては、ムチャクチャ冷たいんだから。
 まあ、言っていることそのものについては当たっている点も多い。しかし、問題は、発言する時のスタンスの傲慢さだね。以下、発言をいくつか拾ってみる(ニュースステーションでこう言ったのかは知らない。でも、この人は色々なメディアで同じ主張を繰り返している)。
「Jリーグはレベルが低い。見てられない」
 おっしゃる通り、Jリーグのサッカーは、技術的、戦術的に、セリエAやプレミアリーグのそれと比べてみればかなりレベルが落ちる。しかし、そんな、普通のサッカーファンなら誰でもわかっていることを、わざわざニュース番組に出演して強調することに何の意味があるんだ? 「オレは国際サッカー通だ」というアピールか?
 知らないなら教えておいてあげるけど、サッカーファンがサッカーを観るということは、プレイのレベルとは別の次元のことだよ。たとえばオレだって、浦和レッズのサッカーがエレガントでハイレベルだからってんでサポーターをやっているわけじゃない。ヤマダのクロスなんてそりゃあひどいものだし、チームの戦術もなんだか意味不明だしね。でも、好きだってことは、そういうこととは別なのだよ。そんなことぐらい小説家ならわかるだろ? それともアレか? 世界中の男が全員スパイスガールズに惚れるべきで、そこいらへんのねえちゃんに惚れてるオレたちは見識が低いとでも言うのか?
 あなたの大好きなイタリアにだってセリエBがあり、セリエCがある。イングランドにも2部リーグがあり、リーガ・エスパニョーラにも田舎リーグがある。そして、そうしたレベルの低いリーグの下手糞なサッカーチームにもきちんとファンはついている。おわかりか? あなたが大好きなヨーロッパの「目の肥えた」「本場の」サッカーファンとて、高いレベルのサッカーだけを観ているわけではないのだよ。チームが弱くても、レベルの低いサッカーをしていても、2部に落ちても、彼らはホームタウンのチームを応援する。なぜなら、サッカーというのは、彼らの生活の一部だからね。というよりも、高いレベルのサッカーしか観る気がしないという人間は、おそらく、生活に根ざした、自分のホームチームを持っていない、空虚なサッカー鑑賞家に過ぎないわけだよ。
 もし、目の肥えた人間がレベルの高いサッカーしか観ないというのなら、世界中に、チームが5つもあればたくさんだろう。マンUと、インテルと、バルセロナと、バイエルンミュンヘンあたりが毎週日曜日に総当りでリーグ戦をやってればそれだけでオッケーってことになる。そんなサッカーが面白いかね? ペルージャみたいなクソ田舎の二流チームが何かの拍子にインテルに一矢を報いたり、トルコあたりのわけのわからないチームがブンデスリーガのチャンピオンチームに煮え湯をのませたりするのだって、レベルこそ低い(低いよ、そういうジャイアントキリングの試合におけるプレイのレベルは)ものの、サッカーの楽しみのひとつじゃないか。
 もちろん、オレたちの赤いチームのサッカーは、巧くもないし歴史も浅い。御指摘の通り、オリジナルでもない。
 でも、どこだかのコネがらみで苦労もせずにチケットを手に入れて、カルチョの国のスタジアムの椅子席に座りながら高度なプレイにうなずいている時のあんたより、テレビ観戦で駒場の球蹴りを観ている時のオレの方が心拍数は高いんだよ。
 なあ、龍ちゃん。
 ひとつ良い言葉を教えてあげよう。サッカーにとって一番大切なことだ。
 難しい言葉だけど、知ってるかな?
 アンガージュマン。
 仏蘭西語で、参加のことだよ。
 つまり、主体的な参加意識を持たない人間がプレイを批評しても、そんなものには意味がないってことだ。
 まあ、あんた自身にせめてキタザワ選手並みの(ヘタ呼ばわりにしてたよね)サッカー技術があればまた話は別だけどね。
「日本人には個性がない。だから応援もダサい」
 当たらずとも遠からずだ。しかし、プロリーグができてたった7年しかたっていない平和な国のサポーターがおとなしいからって、ほっといてあげればいいじゃないか。そりゃあ確かにウェンブリーやらに集合するサポの兄ちゃんたちはファッションからしてアタマがイっちゃってる感じで、凄いよね。オレも好きだよ、彼らのファッションとか応援マナーとかがさ。でも、日本のおとなしいサッカーファンがああなるためには、まず失業率が15パーセントを超えるとか、ワーキングクラスに未来が無いとか、手軽な値段でコカインが入手できるとかいった社会的状況が整備されないとなかなか難しいわけなのだよ。もしあんたが本気で日本の若者にああいうふうになってほしいんなら、まず自分の息子をお坊ちゃま学校にお入学させるような態度を改めた方が良いと思うよ。

 うーん。
 ちょっと言いすぎたかもしれない。
 ここしばらく、浦和のことでイラついてるからね、オレは。
 だから、レッズサポーターでもないそこいらへんの作家のオヤジに「小野伸二はヨーロッパに行くべきだ」なんて、そういうことを本人の意思も確認せずに一刀両断に言われると、つい過剰反応しちまうわけだよ。
 ごめんよ、リュウ。
 あんたが嫌いなわけじゃないんだ。
 そう。誤解してもらっては困るのだが、私は村上龍氏が嫌いなわけではない。それどころか、作家として大変に高く評価している。どこかの雑誌(忘れた)で小説(「イン・ザ・ミソスープ」)の書評を書いたことだってある。そうなのだよ。私は、村上龍はやっぱりたいしたものだと思っているのですよ。
 でも、龍さん、テニスとかF1とかサッカーとか音楽とかについて、あんまり高飛車な批評をやらかすのはやめた方がいいですよ。だって、小説を書くのが上手だっていうのは、単にそれだけのことなんだから。立派な小説家だからって音楽やスポーツに関しては専門家にはかなわないんだから。
 だってそうでしょ? 仮に料理の巧いヤツがいたとして、そいつが絵について批評したらやっぱり素人でしょうが。
 あなたは確かに立派な小説家です。
 でも、小説なんて、些末な技巧ですよ。
 たとえば、オレの爺さんは、日本でも何本かの指にはいる筆職人だった(と、うちの親戚筋ではそういうことになっている)けど、筆のこと以外は何も知らないただの爺さんだった。
 まあ、ウチの爺さんを見習えとは言わないけどね。
 だって、鼻をかんだチリ紙を火鉢で乾かしてもう一度使うような人だったわけだし。
 何言ってんだろう、オレは。
 

11月30日 火曜日 晴れ
ball20.gifトヨタカップ。マンチェスター・ユナイテッドVSパルメイラス
 解説は、さんま&セルジオ。
 まあ、仕方ないよね。一般のヒトにも観てもらわなきゃならないんだから。

 以下、試合が忙しくなったので、省略。
 後半の何分だったか、ギグスのクロスをヨークがアタマで合わせて結局それが決勝点になった。
 後半の展開はスリリングではあったが、ヨーロッパチャンピオンシップの時とかと比べると、パフォーマンスは低かった。
 というよりも、本気でどちらかのチームを応援してない試合は、観てもあんまり燃えないってことかも。
 さあ仕事だ。


12月1日 水曜日 曇り
 巣鴨。
 はっきりしない天気。
 クルマの中で仮眠をとろうとするも、通行人の視線が気になって果たせず。
 昔はどこでも寝られたんだけど。
 つまり、いまよりずっと内気だった若い頃、私はずっと恥知らずでもあったということか。


12月2日 木曜日 雨のち曇り
 風呂屋。
 気分転換が必要という判断だったのだが。
 あるいは必要なのは、休息だろうか。
 いや。
 休息は仕事の敵だ。
 疲れてでもいないと、仕事なんかできない。


12月3日 金曜日 晴れ
 A誌のレビューのために「明日のジョー」のタイピング練習ソフトを打つ。
 この漫画に熱中していた頃、オレは熱い男だったのだろうか?
 思い出せない。
 週刊文春のジャニーズ追求キャンペーンがすごい。久々に気合のはいったレポートだ。
 この出版社には、若い者向けや女性向のコンテンツが無いから、ジャニーズ事務所がこわくないのかもしれない。
「どーせオレたちゃ爺専雑誌社だからよ」
 ってことか?
 おやじメディアの底力。
 見事だ。
 それにしても、ジャニーズの少年たちが少女ファンの心をとらえているのは、あるいは、ジャニー氏によるホモセクハラ行為のおかげなのかもしれない。
 つまりどういうことなのかというと、少年アイドルの横顔にふとした瞬間によぎる哀愁の正体は、彼が人に言えない暗い秘密をかかえているからなのだ。ブラウン管を眺める少女たちは、少年の横顔から、解き難い秘密の匂いを感知し、母性本能を刺激されるってわけだ。
 思春期のけだもの臭さを脱臭し、少年の美に深みを与える男色の呪い。
 これがタレント育成戦略だとすると、これもまたすごい。
 実際、ジャニタレって、底抜けに明るいようでいて、目だけは暗いからなあ、昔っから。


12月4日 土曜日 晴れ
ball20.gifJリーグチャンピオンシップ第一戦 磐田VS清水
 磐田のホームゲーム。

 あらかじめ謝罪した上ではじめられる拷問。
「迷惑ならそう言ってくれ」
「そう言ったらどうするつもりなんだ?」
「迷惑なのか?」
「迷惑だとして、オレにそれが言えると思うか?」
「じゃどうすれば良いんだ?」
「そんなことが言えると思うのか?」
「言ってくれよ」
「言ってるじゃないか。言えないって」
 わかってるよ。
 お前が苦しんでいるのはよくわかっている。
 でも、だからって、どうしてオレが苦しんでないって考えるんだ?
 わかっている。
 お前はひどく苦しんでいる。
 なんとかしてやれたらいいと思っている。
 でも、どうにもできないよ。
 オレ自身、自分のアタマの蜂の巣が追えないでいるんだから。
 なあ。
 わかるだろ?
 助けを求めるなら、泳ぎの達者なやつを探せよ。
 せめて水面に顔を出してる人間をさ。
 それに、底無し沼の底で呼吸をする方法なんて、オレに聞かれても困るんだ。
 もう何年も呼吸なんかしてないんだから。