1月4日 日曜日 晴れ

 昨晩から未明にかけて原稿執筆に専念。初仕事。
 午後、川口のコジマまでテレビを買いに行く。
 昨年の秋にPCを購入した際、テレビチューナーを装備したのだが、これがたいして役に立たなかったため。
 役に立たない理由は以下の通り。

 というわけで、PC購入にあわせて旧型のテレビを処分してしまったこともあって、書斎用に新しいテレビが必要であることは明白だったわけだのだが、これまで、買えずにいた。
 買えずにいた理由は、以下に示す通り
  1. 新製品発売のニュースが流れる
  2. 現行製品の購入をためらう
  3. 新製品発売および、旧製品値下げ
  4. 新旧製品のスペック差および価格差を検討しているうちに心が乱れる
  5. 液晶テレビの価格低下スピードならびに地上デジタルの定着動向を考慮するうちに、ますます心が乱れる。
  6. もう少し待ってみようと思う
  7. 1に戻る
 つまり、アレですね。貧者のスパイラルというのか、吝嗇家のフローチャートにハマってもう何年も日和見を続けてきていたわけです。情けないことに。

 で、購入したのは、SHARP製の13インチ液晶アナログBSチューナー内蔵タイプ。
 値段は、なんだかんだで本体価格58500円+ケーブルやら消費税やらで、65100円。
 高いような気もするが、画質、反応速度は断然違う。
 新しい電気製品を買うと、しばらくの間幸せな気持ちになれる。
 オタクって、哀れだなあ。
 日本人って、不思議だなあ。

2004年01月05日 01:48

1月5日 月曜日 晴れ

 高校サッカーをテレビ観戦。
 国見の平山相太君は、相変わらず素晴らしい。見るたびに良くなっている感じだ。
 高さだけでなく、テクニックもある。アタマもよさそう。
 でも、この年頃の選手にとって一番大切なのは、メンタリティーだ。
 トルシエの言っていた「人間性」ってやつだ。
 具体的に言うと、
 などなど、ということになる。
 そういうメンタリティーを持っていない選手は、18歳の段階でどんなに素晴らしい素質を持っているように見えても、結局は早熟の天才で終わってしまう。
 20歳までは、持って生まれた才能と勢いだけでやって行けるかもしれない。
 でも、その先の段階に到達するためには、「努力する才能」を持っていないといけない、と、そういうわけだ。

 でも、無理だよなあ。
 20歳前の有名スポーツ選手に向かって、「慢心するな」というのは、事実上、不可能に近い要求だ。
 そう思いませんか?
 だって、彼は、その年齢で、知名度とカネ(と、たぶん群がってくる女の子たち)を手に入れてしまっているわけですよ。そういう少年に向かって、「遊ぶな」と言うのは、真夏のプールサイドに座っている子供に、「泳ぐな」って言ってるみたいな話ではありませんか。
 でも、その不可能をなんとかしないと、選手は成長できない。
 「おあずけ」を覚えられない犬は、捨てられる、と。
 因果な稼業だと思う。
 20歳の頃、私は、カネも才能も女も何一つ持っていなかったが、それでも十分に慢心していた。周囲の人間がバカに見えてしかたがなかった。
「おい、こいつらの頭の中には生ゴミしか入ってないぞ」
 と、私は、いつもそういうふうなことを考えながら暮らしていた。
 そんな私が、思春期から二十代を通じて、比較的禁欲的な生活をしていたのは、単に望むモノが手に入らなかったということの結果に過ぎない。
 あの当時の私にカネがあったら、私は間違いなく浪費をしたであろうし、女に囲まれていたら、絶対に荒淫矢の如き生活を展開していたに違いない。私がそうしなかったのは、単にそういうものが私の身の回りに無かったからだ。
 っていうか、手に入る範囲内で、私は私なりのちっぽけな酒池肉林を繰り広げていたのだよ。酒とバラの日々、ってやつを。少なくとも酒については、完全なアル中だったわけだし。
 
 おお、昔話だ。
 昔話と説教。
 そして、愚痴にみせかけた巧妙な自慢話。
 歳は取りたくないものだ。
 
 話を平山相太に戻す。
 あのサイズの日本人選手は、どうも、20歳を過ぎてから伸び悩む傾向にある。
 船越、盛田、田原……いずれも、プロ入りしてからはパッとしない。
 平山君には、ぜひ壁を乗り越えてほしい。
 慢心しつつも一定量の努力は怠らない、とか、そういう方向でも良いから、なんとか、危機の時代(18歳から24歳ぐらいまで)を乗り切ってほしい。
 
※癌研病院
 夕刻、所用で池袋の癌研病院に出向く。
 やはり、なんともいえない雰囲気だ。
 病棟内を歩く人々が発しているオーラがすごい。
 すれ違う時、思わずアタマを下げそうになる。
 あいさつではない。
 ごめんなさいって、謝りたい気持ちになる、ということだ。
 自分が加害者みたいな気がするから?
 ちょっと違う。
 神があまりにもアンフェアだと感じるからだ。
 オレみたいな罰当たりが、こんなにケロッとしていて申し訳ない、と、生きながら濃厚な死相を漂わせている癌患者と目が合うと、どうしてもそう思えてしまうのだ。

 たった一枚の自動ドアの向こうに、まったく別の世界がある。
 こちら側の世界の常識は、ドアの向こう側では、おとぎ話に過ぎない。
 新しく買ったテレビの映りがどうだとか、子供の受験がどうしたとか、そういった類のお話は、あのリノリュームの長い廊下の向こう側に住む人々にとっては、口紅の色番号の羅列みたいな、ほとんど腹立たしいほどに無益な話題であるはずだ。

 で、真実はどちらにあるのだろう。
 扉の向こう側と、こちら側の、どちらに住んでいる人々の考えが、より正しいのだろう。
 
 おそらく、ほとんどすべての場合、こちら側の常識が、より現実的だということになるのであろう。
 病人の常識は病んだ常識に過ぎないし、死者の思想は死相に過ぎない、と、そういうふうに考えないと、この現実世界はドライブしないわけだし。
 でも、哲学的には、圧倒的に向こう側に住む人々の考えが正しい。
 誰もが、最終的にはあっち側に行くわけだから。
 

2004年01月06日 03:20
 
1月6日 火曜日 晴れ
 イラストページの更新をしようと思うのだが、ページの作り方がうまく思い出せない。
 前回、新しいギャラリーページを作ったのは、もともとの作り方(表形式のメニューページとサムネール画像のページと、本編のイラストページをそれぞれ別々に作るやり方。リンクの張り方から何からが非常に面倒くさくてかなわない)がうっとおしくなって、どこかから拾ってきたツールに頼ったからだと思うのだが、そのツールどこにあるのかがわからない。
 マシンを買い換える度に、ツールや環境の引継ぎが途切れてしまう。
 困ったことだ。

 でもまあ、マシン環境だとか編集部の顔ぶれみたいなものは、一定期間ごとに強制的にリニューアルした方が良いものなのかもしれない。
 継続性が失われて困る部分はもちろんあるのだが、モノを創る人間がいつまでも古い環境にこだわっていると、前に進めなくなってしまう。
 
 このページも、すっかり古臭くなった。
 発足当初は、まあ、こんなものでオッケーだったのだと思う。
 ほかに、ダサいページはいくらもあったし、20世紀の水準から見れば当サイトのコンセプトは上出来だった。
 が、昨今の最新の個人ページのトレンドと比べてみると、当ページのデザインのダサさはちょっとナニだ。
 近いうちに、新装開店をやらかすべきかもしれない。。
 ってことで、パクるにふさわしいページを探すべく、ネットサーフィン(←死語?)にでかけよう。


1月7日 水曜日 晴れ

 未明まで仕事。
 午後まで寝る。
 目を覚ますと、午後1時過ぎ。鹿児島実業VS筑陽学園戦は、後半に入っている。
 あわててテレビをつけて、以後は、丸一日リモコンをカチカチ言わせながら過ごした。
 10日に1回ぐらいのタイミングで、こういう空疎な一日がやってくる。
 酒をやめた人間には、飲酒がもたらす酩酊に相当する量の放心が必要だ、と、そういうことだろうか。
 ……いや、弁解だな。
 それに、テレビは、酒の代わりになんかならない。

 酒は、テレビの代わりになる。
 酒は、あらゆるものの代わりになることができる。
 特にアル中さんにとっては
 生命の代替品にさえなる。

 だが、青少年諸君よ、誤解してはいけない。
 私は、酒が天国だと言っているのではない。
 アルコホリックにとって、酒は地獄だ。
 ただ、彼にとっては、酒のある地獄の方が、酒の無い地獄より過ごしやすいというだけだ。
 酒は、地獄からの出口であると同時に、地獄への入り口でもある。
 つまり、素面という地獄から逃避するために彼は酒を飲むのだが、その結果は、酩酊という新たな地獄への転落に直結しているわけで、結局のところ、アルコホリックにとっては、人生そのものが地獄だと、そういうことだ。
 まったく。

 酒をやめてみると、飲んでいた頃のあのひどい気分は、まったくウソのように消滅している。
 これは本当のことだ。
 当時、私は、自分の精神を恒常的にとらえているひどい気分を、深遠かつ特権的な哲学的絶望感であるというふうに自覚していたが、実際のところ、アルコール依存症患者を襲う離脱症状(←禁断症状)の最も典型的なパターンである「抑うつ感」というヤツに過ぎなかった。
  1. ああ畜生、むちゃくちゃに憂鬱だ。
  2. いっそ死んでしまおうか。
  3. 禁酒? 冗談じゃない。どうせじきに死ぬ命じゃないか
 と、アル中者は、見事なばかりに見え透いたフローチャートをたどって、結局、禁酒の誓いを反故にする。。
 つまり、あの目の前が暗くなるような猛烈な絶望感は、どんな手段を使ってでも酒をゲットしようとしている患者の肉体が、アル中者の精神を支配する時に使う、一種の詐術なのだ。
 どうだい?
 勉強になるだろ?
 
 心が空っぽな時には、テレビを見る。
 ものを考えないために、テレビが必要だからだ。
 二十一世紀の中年男は、テレビをつけることで、脳味噌を休める。
 自分がものを考える代わりに、テレビにものを考えさせるのだ。
 酒を断った人間の精神の空白は、バカなバラエティーでしか埋めることができない。
 
 かつて、昭和の時代には、一億総白痴化という言葉があった。
 この言葉は、現在のテレビでは使えない。
 既に達成されたから?
 いや、「白痴」という言葉が、テレビ局の側の自主規制対象にひっかかっているからだ。
 では、どうして彼らは自主規制をするのだろう。
 白痴の人に失礼だから?
 違うな。
 本物の白痴さんは、他人の言葉なんか気にしないし、そもそも失礼という概念を理解しない。
 気にするのは、白痴化過程にある人々だ。
 焼肉屋の客が狂牛病の話題を嫌い、喫煙者が肺がんの話を煙たがるみたいに、テレビは、白痴という言葉を避けたがる。
 って、ちょっと違うか。

   寝よう。
2004年01月08日 02:29

1月8日 木曜日 晴れ
 蟄居。
 記録に値する出来事はひとつも起こらなかった。

 しかしながら、書くべきことが思い浮かばない一日があったということは、それはそれで、記録に値する事実であるのかもしれない。
 いつか、こういう非生産的な日々を懐かしむ時がやってくることだろう。
「ああ、オレは、もっとできたはずだ」
 と、私は、そんなふうに振り返るのだろうか?
 でも、できやしないんだな。

 「何もしない一日が、何かを作っている」
 というふうに考えるべきだ。
 うん。
 なんだか、あざといCMコピーみたいだな。


1月9日 金曜日 晴れ
 久々に歌番組を見る。 
 びっくり。茫然自失。ばかみたいだ。
 どうやら、21世紀のミュージックシーンは、低迷とか不調だとかいった段階を超えた、真に終末的な状況にある。CD売り上げが低調なのは、mp3のせいでもなければ、携帯通話料支出のとばっちりでもない。ショップで売っている音楽がくだらないからだ。
 もちろん、安ピカのキャンディーポップはずっと昔から一貫して存在していたものだし、タイアップ商売がレコード売り上げを左右する風潮はいまに始まったことではない。
 でも、それにしても、あまりにもひどい。
 モー娘とジャニタレとエーベックスのゴミでヒットチャートが埋まっている。残りは、ベテランのやっつけ仕事と、狙い見え見えの企画モノ、それでおしまい。
 
 たぶん、これは、Jポップが袋小路に入り込んだとか、ロックが死んだとか、歌謡曲が肥溜めで溺死したとか、そういうカテゴリーにおさまる問題ではない。音楽というより大きな枠組みが、それ自体丸ごと、全面的に衰退しているということなのだと思う。
 もっと言えば、音楽の低迷は、起こるべくして起きた必然なのであって、むしろ、音楽を過剰に重要視していたオレらの世代が、長い間勘違いをしていたというだけの話なのかもしれない。そう、本来、音楽なんてものは、カーテンの柄やクルマのヘッドライトの形状みたいな、瑣末な流行のひとつに過ぎないのだな、きっと。
 
 私は誤解していた。
 自分は音楽抜きでは生きていけない人間だ、と、若かった頃、私は、そう思っていたが、あれは間違いだった。
 私は、自分をそういうふうに考えたかっただけだ。
 音楽を必要としている人間の方が、それを必要としていない人間より高級だと、われわれの世代の人間の頭の中には、どうかするとそういうイデオロギーみたいなものが住み着いていて、だから私は、半分は見栄で音楽を聴いていた、と、そういうことなのだな。きっと。
 で、かくのごとくに過剰に音楽を重視する人間の絶対数が多かったおかげで、われわれの時代の音楽は、とかく大げさだったというわけです。
 でも、ともあれ、誤解であれ気取りであれ、多くの若者が音楽を最も重要な芸術だと考えていたことは事実なわけで、それゆえに、当時は、人間の素性を見極める上で、音楽が最も有効な指標として機能していたこともまた事実だった。
 というよりも、あの時代は、人付き合いのマナーから、政治的信条、読書傾向、ファッション、趣味にいたるまでの、ひとかたまりの人間性の核の部分に音楽があったわけで、たとえば、ロックを聴く人間が政治的には左寄りであることは、サーファーが日焼けしているのと同じぐらい必然的なことだった。
 間違えてはいけない。左寄りだからロックを聴いたのではない。逆だ。ロックを聴くという事実が所与の条件となって、ほかのすべての人格的装飾要素(政治とかファッションとか)を決定していたのである。
 
 が、そういう時代は終わった。
 音楽が無ければ生きていけないという私の思い込みは、ウソだった。
 オレは気取っていただけだった。
 
 きっと、この先、音楽は、ますます矮小な存在になって行くだろう。
 登山という娯楽が、60代の人々とともに、滅びようとしているみたいな調子で、だ。
 きっと、20年後には、コンサート会場は年寄りだらけになる。
 今現在、北アルプスの山道が年寄りの廊下になっているみたいに。

 登山は、一貫して団塊の世代を中心とした娯楽だった。
 娯楽という言い方はちょっと違うかもしれない。
 「趣味」と言ってもまだ足りない。
 彼らにとっては、娯楽以上のもの(ライフスタイルの核になる何か)だったのだと思う。
 おそらく、登山が、ロマンチックであった時代があるのだ。
 戦前のある時期まで、登山を楽しむテのライフスタイルは、特権階級の人間だけに限られていた。
 で、その、洋行帰りのエリートやハイソサエティーの趣味であり、インテリの娯楽であったハイキングが大衆化したのが、昭和30年代であったからこそ、その当時の若者にとって、山は素敵だった、と。
 音楽をめぐる事情も、たぶんそんなに遠くない。
 昭和20年代から30年代にかけて、自宅に蓄音機を持っている人間は、有産階級に限られていた。
 それが、大衆化したのが、すなわち私の思春期とぴったり重なっていたというわけですl。で、その時期はまた、ビートルズの登場とも一致していた。
 そういうことだ。
 
 うまくまとめることができない。
 いや、時間をかけて書けばまとめることは可能だが、そういう根気が湧かないのだな。
 だって、ここで私が展開している議論は、自分にとってがっかりする結論に向かっているのだからね。
 おやすみなさい。


1月10日 土曜日 晴れ
 蟄居。
 原稿に専念。
 苦戦。