2004年 1月1日 木曜日

 謹賀新年。
心を入れ替えて、久しぶりに更新します。
内容はともかく、更新をしたという既成事実を作っておくことが大切、と。
ですよね。


※天皇杯決勝@国立競技場
この1週間で3度目のスタジアム観戦。われながら良くがんばるものだ。ちなみに前の二回は
今日の試合は、頂き物のチケットで、席が素晴らしかった。メインスタンドのほぼ中央。ちょうどセレッソのベンチの真後ろ。前から6列目。選手たちの退場や入場の際にはっきりと表情を見ることができた。

更新初日は、リキまずにこの程度で抑えておくのが長続きの秘訣。


※うわあ

 久しぶりに更新を終えて確かめてみると、カウンターが1に戻っている。
 おそらく、理由は以下の通り
  1. ftpのツールで、「ミラーリングアップロード」というのを実行した。
  2. 「……の削除?」といった質問がいくつか出てきた。
  3. 脊髄反射で「Yes」を選択。
  4. で、おそらくカウンターのdataが消失。

まあ、どっちみち曖昧な数字だったんで、正月を期に、1からやりなおしてみましょう。

1月2日 金曜日 晴れ

 寝過ごした。
 おかげで、成立VS佐賀商業@西が丘サッカー場のチケットをムダにしてしまった。
 テレビで見たが、なかなか良い試合だった。
 成立はマジで強い。
 惜しい試合を見逃してしまった。

 現在、フジテレビで黄金世代(小野、高原、稲本)のドキュメンタリーを見ているのだが、ヘンなものが目にはいったので一言。

 テレビをつけて間もなく、画面では、インタビュアーが小野君のクルマの助手席に乗り込んで話を聞いている。で、ふと見ると、おい、ルームミラーからぶら下がっているアクセサリーが……ぐわあああぁ。
 なあ、伸二、あれ、マリファナの葉っぱだよな?
 まずくないのか?
 いや、わかってるって。本物のマリファナを吊るしてたわけじゃない。木彫りのモビールを飾っていたってだけの話だ。あくまでもアクセサリーだ。
 でも、それにしても、あれは、あきらかにガンジャをかたどったモノなわけで、オランダ(←マリファナをはじめとするソフトドラッグが合法ということで、それ目当ての観光客が多いらしい)にいるということを考えれば、痛くも無い腹をさぐられることだってあり得ます。うん、ありゃまずいよ、伸二。
とてもまずい。
 もし、気づいてない(えへへ、この手のひらみたいな形の葉っぱのアクセサリー、ナチュラルで良いでしょ……ってところか?)んだとしたら、そりゃちょっと世間知らずってもんだし、知っててやっているんだとしても……やっぱり世間知らずだよなあ。
 ってことで、あのぶら下がりモノは即刻はずすように。
 ぜひ。
2004年01月03日 02:13

1月3日 土曜日 晴れ

※小学生のサッカー
 埼玉県の東川口高校という学校のグラウンドに出かけて、小学生のサッカーを見た。
 グラウンドレベルから見ると、フィールドで何が起こっているのか、ほとんど何もわからない。スタジアムの観客席から見る場合は、高さがある分、鳥瞰的な視野(雑誌に載っているポジション図そのものの絵柄)が得られるのだが、地べたから見たサッカーはひたすらに平面的で、どこにスペースがあるのかもつかめなければ、オフサイドラインの位置さえわからない。
 競技経験が無いということは、悲しいことだ。
 選手たちは、あの視野で、遠近感や敵味方のポジションを把握しつつパスを出したりしているのだから、さすがというほかはない。
 
※回転寿司
 帰路、鳩ヶ谷の駐車場付き回転すしチェーン店で不味い寿司を食べる。
 寿司が不味かったことは、予想できたことでもあるし、まあ許容範囲のうちにある不運だったとして、つらかったのは、寿司の流れの最下流のテーブル席に座らされたことだった。
 ほかにもいくつか席が空いていたのに、案内のねえちゃんは、われわれをあえてU字型のカウンターの一番奥に導いた。
「ああ、この客は文句を言いそうにないな」
 と思われたのか、あるいは単純にナメられたのか、仔細はわからないが、とにかく、ねえちゃんは
「こちらにどうぞ」
 と、かなり長大なU字テーブルの左端にわれわれを座らせた。
 その位置からだと、カウンター越しに、向かい側の最上流(つまり、調理場から握りたての寿司が出てくる場所)の寿司が見えるのだが、それが一回りしてこちらに届くころには、けっこう形が崩れていたりするわけですね。
 もちろん、良いネタ(ちなみに値段は100円均一。それゆえ、ウニやら中トロは早いもの勝ちの人気商品ってことになる)は、まず間違いなく消えている。
 要するに、このテの価格均一のくるくる寿司において、下流に座った客は、斜面のてっぺんにある畑を耕作せねばならない百姓同様(←せっかく水を撒いても、8割がたは下の畑に吸い取られてしまうんだそうです。で、上の畑の持ち主ほど、腰の曲がりが深い、と、そういう話を昔、聞いたことがあります。ウソかもしれないけど、よく出来た話です))、負け組そのものということになるわけだ。
 けれども私は、腹を立てなかった。すばやくあきらめて、イカだのカッパ巻きだのを食って、小さな満足を得ることにした。
 そう、元来、江戸っ子というのは食い物に対して冷淡であるはずのものなのだ。
 池波正太郎あたりが、奇妙な誤解を広めたようだが、江戸の人間は、伝統的に、そばだとかいった簡便で質素な食事を好んだ。少なくとも、上方と比べれば、食っていたものは貧相だった。それもそのはず、江戸は、独り者(町の建設のために呼び寄せられた単身赴任の職人や、参勤交代で故郷を離れて赴任している武士たち)ばかりがいたずらに多く、加えて、食材の流通も貧弱なら、料理文化も未発達だったわけだから、食い物は、どうしたってファーストフード(ってことはつまりやっつけ飯)中心に傾いたわけだ。
 でも、江戸っ子は食の貧困を嘆かなかった。
 食い物なんかにこだわらない生き方をむしろ誇っていた……のだと思う。
 個人的な好みを言うなら、私は、食い物に対しては、あまりうるさく言わない態度の方が好きだ。出されたモノを黙って食べて、恬淡としている人のほうが、コクだのキレだのを云々する輩よりはずっと上品だと思う。

※インスタントカーマ
 私がブリティッシュロックのミュージシャンに親近感を抱くのも、彼らが、普段、大いに不味いものを食っている感じがするからだ。しかも、彼らはそのこと(自分が不味い食い物を食っていること)を、どうやら誇っている。
 ジョン・レノンに「インスタントカーマ」という歌がある。
 知っている人は知ってるだろうが、歌の題名になっている「インスタントカーマ」(オートミールみたいなシリアル)は、あれはかなり深刻に不味い食品だ。
 ところが、ジョン師はその不味くてバサバサなインスタントカーマを称揚してやまない。
 見事だと思う。
「なあ、食いもんなんて、飲み込めれば上等だぜ」
 と、あえて歌詞にして歌ってはいないが、おそらく言外にそういう気持ちがあるのだと私は考えている。
「なあ、兄弟、食い物にこだわる野郎は、ブタと一緒だよな」
 と。

 偏見?
 って言われれば、まあ、その通りだけどさ。