7月22日 日曜日 晴れ
 終日蟄居。
※明石の花火大会で将棋倒し。10人が死亡。
 フジテレビは事故の犠牲者に配慮して「ドミノ倒しのコント」(なんでも、人間をドミノに見立てて倒すシーンがあったらしい)を放映中止にしたという。
 NHK教育は「将棋の時間」を予定通りに放映。
 だから何だということでもありませんが。
 

7月23日 月曜日 晴れ
 イギー氏のためにカバー付きの照明器具を購入。
 ついでに昇降用のはしご(園芸に使う折り畳み式の木製器具:何と呼ぶのでしょう?)も新調することにする。
 火傷は、悪化はしていないものの完治には時間がかかりそうだ。
 化膿したらいよいよ獣医行きだろう。
 保険はたぶん(っていうか、絶対に)きかない。
 運搬もひと騒動だろうな。
 

7月24日 火曜日 晴れ
 貰い物の蟹を食べた。
 なかなか美味。  しかしながら食べたあとの気分は必ずしも晴れがましくない。
 いつもそうだ。
 カニを食うと必ず不快になる。
 つまり、カニは、私にとって、味はともかく、食後感(「読後感」が一人前の言葉として流通しているのに対して、「食後感」という言葉は辞書に載っていない。不当だと思う)の悪い食品なのである。
 カニを食った後には、イヤな疲労が残る。
 それに、なんだか自分がいじきたない人間になったみたいでちょっとなさけない気持ちになる。
 ネットのエロページの「21歳以上です」というのをクリックした時の感じだ。
 餓鬼畜生道に堕ちた感じ……というとちょっと大げさだが、良い年をした大人がカニみたいなものを相手にムキになっている姿は、あれは人としてどうだろう。
 性欲に変態性欲があるのと同じ意味で、食欲の中にも変態食欲というカテゴリーが定義されてしかるべきなのではなかろうか。
 で、思うに、蟹食欲は、マゾヒズムのようでもありサディズムのようでもあるところからして、ラバーフェチ(ゴム製の衣装をつけた対象に性欲を感じる人々がいるのだそうですよ)あたりに相当する。


 カニを見ると、
「食べたい」
 という気持ちと、
「食べたくない」
 という気持ちが相克する。その相克がわずらわしい。であるから、通例、私は手を出さない。ところが家庭を持つことの辛さはガキのためにカニを剥かなければならないところにある。いただき物をまっすぐに廃棄することも処世のしがらみに足をとられて、断行しかねる(オレは本当はそうしたいのだよ)。畜生。オレはいつから人生を横歩きするようになったんだ?

 カニを食べたいと思う理由は単純で、つまり美味いからだが、食べたくない理由はちょっと複雑だ。
 単に面倒だからというだけではない。カニを剥く姿がいかにもあさましくてかなわないのと、もうひとつはカラを剥いた後のカニのあのむごたらしさ(特にエラ)がイヤなのだ。だから私はカニミソは生まれてこのかた食べたことがない。どんなに美味いのだとしても、あんな外見のものを食べるぐらいなら私はむしろインスタントラーメンを齧って飢えをしのぐ。
 食べた残骸がたったの半日後には猛烈にイヤな匂いを立てるあたりもぬかりなくいやらしい。
 不快な食い物だ。
 他人がカニを剥く姿を見るのもイヤだが、自分のカニ剥きざまを衆目にさらすこともできればご免こうむりたい。
 
 カニみたいなものをありがたがる人間は、たぶん人間の出来が卑しい。
 いくら美味いからといって、こんな面妖な食い物に手を出すのは、貴人のふるまいではない。
 さてしかし
「種無し葡萄があるのだから、殻無し蟹が開発されてしかるべきだ」
 という私の主張は、賛意を得られない。
「気味が悪い」
 というのだ。
 うむ。
 確かに、カラ無しのカニは気味が悪かろう。
 あのエラが海中でユラユラすると思うとぞっとする。
 でも、カラがあったところで、どっちみち気味が悪いとオレは思うぞ。

※カニ君
kani.jpg
恨みっぽい上目使い。いまにも飛びかかってきそうな蹲踞の構え。凶悪なピースサイン。横歩きの生き方。
壇ノ浦で滅亡した平家の連中はその身をカニに変えたのだそうだが、かなり信憑性の高い情報だと思う。


7月25日 水曜日 晴れ
 夕方、都心では雷雨があったらしいが、このあたりには降らなかったようだ(といっても外に出ていないのではっきりとはわからない)。
 

7月26日 木曜日 晴れのち曇り
 イギー氏のためにドルマイシン軟膏を追加購入。
 患部が広がっている(左体側前部と、右後ろ足の太腿上部に火傷。脱皮後に新しいウロコが形成されていない)ため、毎日の治療でけっこうな量を使う。
 夜にはいってから、しばらくぶりに涼しい風が吹いた。
「おお、涼しい」
 と思ってアメダスのページを見ると、東京の午後8時の気温は、25.6度。
 25度の夜を涼いと感じるのは、暑さに慣れたということなのだろう。


7月27日 金曜日 晴れ
 午前4時、テレ朝の小野伸二特集番組を観る。
 どうかしている。
 いや、番組のことではない。小野君のことでもない。
 私だ。
 どうかしているのは、徹夜して番組の放映を待っていた私だ。
 ジャパニーズマスコミの過剰報道を批判する前に、まず自らの過剰視聴生活を反省しなければならない。
 こういう番組は録画しておいてヒマができた時に観るようにすべきだ。
 でも、待っちゃうんだよな。
 ナマで観たからってどうってこともないのに。

 夕刻、母親の用事で北区の豊×丁目(なぜか伏字)に出動。
 隅田川のほとりに建つデカいマンションのそばの公園で二十分ほど時間をつぶす。
 自転車の中学生が行ったり来たりしている。
 茶髪・金髪率が異常に高い(当日見かけた範囲では6割を超えていた)。
 女の子たちはなぜか誰もが甚平を着ている。
 その他、鉢巻を巻いたガキ、ヒゲを生やしたガキ(おい、中坊がヒゲかよ)、地べたに座って上目づかいで通行人を白眼視するガキなどなど、どれもこれも著しく風体がよろしくない。
 ううむ。
 私の記憶ではこのあたりはそれほど風紀の悪いところではなかったはずなのだが。
 
 

 全国レベルで見ると、「新興住宅地の中学校は荒れがちだ」ということが言える。
 私の知っている例では
 ううむ。そういえば豊島×丁目は最近になって急激に人口が増えた地域(バブル後の工場移転、地下鉄の開通などで、工場跡地に巨大マンションや公団住宅がいくつも建った)ではある。
 
 ところで、新開地が荒れるのはなぜなのだろう。

 ってところだろうか。
 中学生って、イヤだなあ。
 まあ、子供が大人になるためには自分を持て余す期間が不可欠ではあるのだろうが。
 寝よう。
 

7月28日 土曜日 晴れのち曇り
 涼しい一日だった。
 昼過ぎに一番街でY田氏にばったり会う。
 二十分ほど立ち話。MP3について情報交換。
 Y田氏はずっぽりハマっているようだ。
 生活信条は「毒を食らわば皿まで」。
 うむ。気持ちはわかる。
 でも、テーブルまで食わないでも良さそうなものだと思う。