6月24日 日曜日 曇り
 都議選の投票日だが、投票には行かなかった。
 面倒くさいからね。
 例によってテレビは朝から「有権者」という言葉を連発している。そろそろこのデキの悪い日本語を使うのは勘弁してほしい。歴史的な経緯はともかく、今となってはどうせたいした権利でもないわけだし。
 でなくても、視聴者を啓蒙するみたいな言い方(「ぜひ有権者としての正当な権利を行使して……」みたいな)だけはやめてほしい。耳障りだ。放っておいてくれよ。まるで
「おめでとうございます。あなたは○○のメンバーに選ばれました」
 とか言って来るサギ勧誘の電話みたいだぞ、あんたたちの言い草は。

 実際の話、いまどき投票権をありがたがっているような人間がいるんだろうか?
 少なくともオレは要らないよ、そんな権利。売れるものなら売りたいぐらいだ。っていうか、カネで他人に売れないようなものを権利と呼んでほしくない気分だな。
 
 いや、チクシさん、わかってるってば。オレだって投票権が重大な権利であることぐらいは承知してるよ。
 でもさ、無投票権もまた権利ではあるはずだろ? 違うか?
 何かをする権利は、その裏に何かをしない権利を含んでいる。そうでなければ十全な権利とは言えない。信教の自由は、宗教を信じない自由を含んでいるし、集会の自由は、引き篭もりの自由を包摂している。また、表現の自由は沈黙の権利を保証しているはずだし、職業選択の自由は同時にプー太郎たることの自由でもある。
 であるからして、投票権は自動的に無投票権を含んでいなければならず、そうである以上無投票という選択にも、投票行動と同等な重みが持たされねばならない。
 で、提案がある。
 議員の定数を投票率に連動させるというのはどうだろう。
 たとえば投票率が50パーセントなら、議会の議席そのものが半減するわけだ。
 どうだい?
 良さそうじゃないか。
 首長選の場合は、任期を得票率に反映させても良い。得票数をそのまま給与に換算するのも面白いかも知れない。
 いずれにしても、こういうことになればオレの無投票にも若干の意味が出てくる。これまでは単に「投票なんて面倒くさいしなあ」ぐらいの意味しか持っていなかったわれらサイレントアナーキストたちの声が、「お前ら全員クビ!」という革命的な響きを帯びはじめる。
 いいぞ。
 地盤やら組織やらで議席を確保したつもりになってる陣笠連中にとっては死活問題だ。
 
 ……と、「議席無し」なんていう選挙区が出て来たりして、そうなってしまうと今度は地元意識が働いて次の選挙では投票率が上がったりするんだろうか。
 ……マジメに考えるのはよそう。
 どうせ実現するわけもないんだし。
 
 ハードディスクの整理をしていたら、朱鎔基首相の絵が出てきた
 「ニュース23」の特番に出てきた時にスケッチしたものだと思う。
 こんなにコワい顔をしていたかどうかはわからないが、まあせっかくなので掲載しておく。
 
 

6月25日 月曜日 曇り
 早起きをして原稿。
 なんだか奇妙な暑さだ。
 夕刻、川口のショッピングモールに出かける。
 規模はなかなかだが、店員の質がどうもよろしくない。
 アイスクリーム屋の店員に声をかけると
「モゴモゴモゴ(聴き取れない)」
 と言いながら右手でカウンターの上に立っているプラスチック製の表示板を指差す。
「は?」
 と聞きなおすと、同じ動作の反復。こっちに目を合わせようとしない。何だお前は?
 仕方なく表示板を読むと
「恐れ入りますが、○時○○分を持ちましてオーダーストップとさせていただきます」
 と書いてある。
 ……なるほど。
 この茶髪の兄ちゃんは客と会話をするのがイヤなんだな。
 客にアタマを下げると自分の値打ちが落ちると思っているんだろうか。
 まったく。
 おそらくこの兄ちゃんは、「個性派」を自認しているんだろう。「オレはそこいらへんのおべっか使いの良い子ちゃんとは違うぞ」
 って、確かに違うけどさ。

 先週Y田氏と「U20日本代表チームにおけるディシプリンの欠如」について話し合った時に、同じような話題が出た。
若い世代のサッカー選手はもしかしたら「個性」と「自己中」の区別がついてないんじゃないか
あのシラけた試合マナーは、個人主義のつもりなんだろうか?
 という話だ。
 いや、誤解してもらっては困る。私はナベツネが言っているような意味(「若いヤツラは黙って辛抱してろ」みたいな)でこの話をしているのではない。

 まず前提として以下のような事情がある。
 要するに、この国では「個性」と「ディシプリン」が二項対立として受け止められてきたわけだ。
個性のある人間は規律に従うことができない。
規律を守っている人間には個性が無い。
 という、どうにも不幸なチームス状況ですね。。

 さてしかし、本来、個性とディシプリンは、別の次元の話だ。確乎たる個性を持ちながらなおディシプリンを守れる選手もいるし、一方、個性も確立していないくせにディシプリンに従うことすらできない半端者もいる。
 実社会でも同じだ。
 反抗的な人間が個性的なのかというと、必ずしもそうではない。
 暴走族(珍走団)の連中は、おそろしいぐらいに没個性だし、ヤクザも同様だ。

 ユース世代のサッカー選手は「個性的であれ」と言われて育ってきた世代に属する。いや、憶測に過ぎないと言えばその通りだが、一般的な傾向として、彼らは「個性」を尊重されてきたと言って良いと思う。
 ところが、「個性」の具体的なありようは、これは簡単に学べることではない。というよりも、誰からも学びようがなく教えようもないからこそそれは「個性」と呼ばれるわけで、誰かのマネをしていたり、誰かから学んだりして身につけたものは、「個性」の外面に過ぎない。
 ともあれ、少年には個性がわからない。
 で、彼らはゾクの兄ちゃんみたいにイキがってみたり、メディアに向かって大言壮語を吐いてみせたりする。あるいは、コーチの指示を鼻で笑ってみたり、チームメートのゴールに対してクールに構えて見せることで個性を発揮しようとする。
 不幸な事態だと思う。
「オレってワルなんだぜ」
 式の、やぶれかぶれのアピール。

 逆説的な言い方をするなら、おそらく、個性を伸ばすためには、それをツブしにかからないといけない。
 いや、この言い方は誤解を招くかもしれない。
 私は、「若いヤツらを縛りつけろ」と言いたいのではない。「個性は伸ばすものではなく、勝手に伸びるものだ」ということを私は言おうとしている。
 言い替えるなら、「勝手な行動は許さん」「黙って指示に従え」という圧力を受けながら、それでもなお勝手な行動を取り、指示に従わない個性だけが本物の個性だというわけだ。さらに言い替えるなら「周囲の人間に伸ばしてもらったり、教育プログラムに育ててもらったようなものは個性とは呼ばない。個性はあらかじめ備わった天性であって、むしろ、周囲の人間による妨害の中でこそ伸びるものだ」と言っても良い。
 ともあれ、「キミたちの判断でやってごらん」式の個性のびのび教育は、根本のところに自家撞着をはらんでいる。だって、そもそも「キミたちの判断」みたいな薄っぺらなものは、伸びたところでじきに枯れるに決まっているんだから。
「じゃあ、圧制もいけなくて、放任でもダメってことか?」
 まあ、つまりは力加減の問題だ。
 その点、トルシエは見事だ。
 トルシエは、高圧的に命令する。しかもその命令は時に一貫性欠いており、不可解でさえある。さらに驚くべきことには、トルシエは、命令に従うことを要求している一方で、命令に従ってばかりいると機嫌を損ねる。
 おい、なんなんだよ、これは?
 お前は神か?
 そう。神は不可解なことをなさいます、というアレだ。西洋人にとっての神は、庇護者であるよりもまず暴君だ。その意味で、トルシエは正しく神の特徴を備えているわけだ。
 いずれにしても、この種の神のごとくに気まぐれな支配者の下では、生半可な個性は圧殺されざるを得ない。そして、ここが大切なところだが、トルシエの唾の嵐が吹きすさぶ場所に置かれた選手のうち、強い個性を持った人間は、より強く個性を発揮することになるのだ。というのも、あの口数の多い、エキセントリックにして頑固な指揮官に自分を認めさせるためには、力の限りの自己主張をぶつけるほかに方法がないからだ。ここで言う「自己主張」は、単に髪を染めるとか、遅刻をして平然としているとかいった表面的なことではない。いきなり後ろからアタマを叩かれた時に反射的に睨み返す時の視線の鋭さや、デタラメな指示が出た時に「どういう意味ですか」と問い直す胆力として表現される、魂の力である。
 というわけで、結論。
 選手の個性を強化するためには、なによりもまずコーチの側に圧倒的な個性が備わっていなければならない。この場合、指導者の個性は、鉄拳派、ガイキチ派、超理論派のいずれであってもかまわない。コーチに魅力なりカリスマなりがあれば、方法はどうでも良い。

 深夜、原稿を書く。


6月26日 火曜日 晴れ
 猛烈に暑い。
 イナモトがアーセナルに移籍するらしい。
 例によって、共同電(サッカー関連に関しては著しく信憑性が低い)がソースのようなので、眉にツバをつけておかねばなるまい。
 本当だったら、なかなか素晴らしいニュースだ。
 
※一言:ダベンポートはサッチーに似ている。

6月27日 水曜日 晴れ
 暑い。昨日よりは多少マシだが、それでもこの時期に30度を超えられるとつらい。湿度の高さも。
 新聞によれば、昨日は猛暑のためにブロイラーが大量死(40790羽@宮崎)したらしい。気の毒に。
 摂取カロリーを食肉に変換するためにのみ生きている存在であるブロイラーは、運動もしないし、セックスもしない。哀れな生き物だ。  生存ギリギリの環境に置かれている(だって経済効率ってそういうもんでしょ?)ブロイラーは、当然のことながらストレスに弱い。ちょっとした気温の変化であっさり死んでしまう。それにしても4万羽が一斉に死ぬとは……一種の集団自殺だろうか。
 「逝き物」というIME98が提案した第一変換候補は、その意味でも正しい。まあ食って旨ければそれで良いわけだが。
 実家の熱帯魚も半数以上が熱死したらしい。
 イギー氏の状態にも気を配っておかねば。
 ケージ飼いの爬虫類は野生状態の個体に比べて血糖値が10倍以上というデータもあるようだし。
 オレらはどうなんだろう?
 ケージ飼いと似たようなものだと思うんだが。
 

6月28日 木曜日 曇り
ball20.gifキリンカップサッカー パラグアイ代表VSユーゴスラビア代表戦@国立競技場
 S社M氏とともに国立競技場にて生観戦。天気も良いしということで、当日券の売り場には30メートルぐらいの行列ができていた。座席はSS席(5500円)、メインスタンド側の前から20列目ぐらいの位置。先日観に行った横浜国際競技場(コンフェデ杯:日本VSフランス戦)とほとんど同じような位置だったが、国立の方が断然観やすい。客席に傾斜があってグラウンドレベルに対する高さがあるのと、トラック部分が広過ぎないため、比較的ピッチからの距離が近いから。
 とはいえ、この5月に取材に行ったさいたま競技場は、さらに観やすかった。
 聞くところでは、鹿島スタジアムや豊田スタジアムはさらにさらに圧倒的に観やすいらしい。
 W杯の決勝戦を横国で開催する件は、決定事項なのだろうか。
 見なおせるものなら今からでもさいたまに変更してほしいものだが。

 試合の感想は以下の通り。凡戦だった。

 試合後、表参道の中華レストラン(カリフォルニア風)で食事。客層は意外に大人中心。女性のグループ客が目立つ。やはりOLさんはカネを持っているということか。
 
 ところで、本日の観客動員数は、ざっと見渡した感じでは六分の入り(ってことは三万人以上)ぐらいに見えたものの、公式発表では2万1千いくらか(覚えてない)。ってことは、神宮の巨人戦なんかは、ありゃ2万人台だぞ。



6月29日 金曜日 晴れ
 原稿執筆。
 ブロイラーは肥る。
 白色レグホンは卵を生む。
 オレは原稿を書く。
 何か質問があるか?


6月30日 土曜日 晴れ
 PL学園高校の野球部で暴力事件。甲子園への不出場が決定。毎度のことながら、高校野球関連のニュースはくだらない。
 記者会見に臨んだ御木校長のコメントがなかなか。
「反省しなければならないことは反省する。生徒たちの努力に報いることができず、深くおわびしたい。この時期に(訴訟を)申し立てられたのが残念だ」と悔しさいっぱいの表情。(毎日デイリーメール)

 おい、訴訟を起した方が悪いみたいな言い方に聞こえるぞ。
 おそらく、校長先生の真意は
「甲子園出場を目指している善良な部員たちのために、事件を公にするようなマネは控えてほしかった」ということなのだろう。確かに、事件と無関係な部員(がいるとすればだが)にとっては、とばっちり以外のナニモノでもない。でも、それじゃあ暴行を受けた生徒は、「内々で処理できるように、まず学校側なり部なりに訴え」れば良かったのだろうか。
 とすると、「カネで解決」になれば御の字で、悪くすると「裏切り者扱い」でかえってヒドい目に遭うんじゃなかろうか。
 もっとも、強い野球部を持つ学校が隠蔽体質を身につけることにも一定の理由はあるわけで、つまり「一部の部員のトラブルに対して連帯責任を負わせる高野連の体質」に根本的な……
 退屈なのでこれ以上は書かない。
 なにしろ、高野連の会長って、90歳だからなあ。
 この5月に再選されたんだぜ。
 不祥事だよ。存在そのものが。