6月17日 日曜日 天気晴れ
 しばらくぶりに天気が良いので、川口にある「PUMP」というフリークライミングの室内ジムに行って見る。
 自転車。
 あと20年若かったら楽しかったかもしれない。
 いや、単にあと5キロ体重が少ければ。
 夜、帰宅後原稿に専念。


6月18日 月曜日 雨
 徹夜で原稿。
 たちの悪い〆切り(もちろん悪いのは当方だが)をかかえていると、あらゆることが停滞する。
 とにかく清水の舞台から不法投棄をするつもりで脱稿することにする。どんな原稿でも書かれない原稿よりはマシだというのがプロの判断ではある。
「いない人間は間違っている」
 とは、先日の記者会見でフィリップトルシエが引用したフランスのことわざ(←コンフェデレーションカップの決勝戦を前にチームを離れた中田選手について尋ねられた時の答え。このセリフは「この場所に居ない人間について語るべきではない」「欠席裁判はアンフェアだ」ぐらいのニュアンスを付け加えて翻訳されるべきだったと思う)だそうだが、同じ意味で、書かれなかった原稿は間違っている。
 
 とはいえ、書かれなかった原稿が間違っているのは、あくまでも編集者にとってであって、書き手の側にとって、書かれなかった原稿は釣れなかった魚みたいなもので、少なくとも書かれてしまった雑魚よりはマシだったりする。

 午後、ファンタジーベースボールの選手変更登録を済ませて原稿を書く。
 夜は爆睡。


6月19日 火曜日 曇り
 真夜中に目覚める。
ball20.gifワールドユース 日本VSオーストラリア
 0-2で完敗。


 午後から巣鴨に出動。ついでに後楽園に顔を出してH野氏にギターを返却。楽器はそれを弾きこなせる人間の手元にあるべきだからして。 


6月20日 水曜日 雨
 午前中に原稿を2本。
ball20.gifナビスコカップ、浦和VSG大阪
 テレビ埼玉にて観戦。
 素晴らしい。

 好調な小野クンを見ていると複雑な気分になる。
 レッズはどうなるのだろう。
 オランダリーグのテレビ放映権はどこが手に入れるのだろう。
 

6月21日 木曜日 曇り時々雨
 電話を新調。
 キヤノンの子機2台つき普通紙ファックス電話。池袋のビックカメラで27800円。安い。
 

6月22日 金曜日 曇り
 早起きしてサッカー観戦。
ball20.gifワールドユース 日本VSアンゴラ
 1-2で敗戦。
 オーストラリア戦と似たような展開。
 チーム戦術的には多少の改善が見られる(サイドチェンジができていた)ものの、やはり選手個々に自分勝手なプレイが目立った。
 一人一人の選手のスキルは高いように見える(トラップはちょっとあやしいけど)ものの、くだらないミスも目立つ。トリッキーなテクニック(ドリブル突破力とか、フェイントの巧さとか)を持っていながら、基礎的なスキル(トラップの方向、パスの正確さ)を欠いているというようなことがあるのだろうか。
 ともあれ、この年代の選手たちをひとつのチームにまとめあげるには、戦術以前のなにかを叩きこむ必要があるようだ。つまり、サッカーコーチとしての能力よりも、調教師としての手腕が必要だってことだ。
 ニシムラさんは、この点(調教能力)において、トルシエにはまだ及ばないのかもしれない。
「その通り。アメとムチとギロチン。鉄拳とキス。お茶と同情、クソとミソとトリュフだよ」
 うむ。しかしだ、フィリップ。子供相手にはそれでも結構だが、大人と付き合う時にはちょっと手加減してやってくれないか。
「メディアに対する態度について言っているのか」
 ああ。キミの態度ははちょっと高圧的過ぎるからね。
「当然だろ。彼らはジュニアユースのレベルにも達していないんだから」
 いや、そうかもしれないけどさ。あの連中にだってプライドはあるわけだし。
「だからそれを壊そうとしているのだよ、私は。愚者のプライドほどチームを損なうものはないのだから」
 しかしキミは二言目には「日本人はもっと自信を持つべきだ」と言ってるじゃないか。
「いいかね、タカーシ、誤解をしてはいけない。自信を持つべきなのは日本のサッカー選手だ。メディアではない。日本のメディアは自分を卑下すべきだ。記者はもっと卑屈になるべきだし、ライターは極力慇懃であらねばならない。私の話を聞きたいなら、まず、フランス語を勉強すべきだ。それが彼らと来たらボンジュールの一言も言えやしないんだから」
 うーん。でも、あそこまでガキ扱いしては……
「まだわからないのかね? ガキはガキ扱いにするというのがコーチングの基本じゃないか」
 メディアまでコーチングしなくても……
「ははは。ワタシはトータルなコーチだよ。選手、協会、メディア、ファンから政治家、経済学者、宗教指導者に至るまで、ワタシにとっては目に入る日本の事物がすべて指導の対象なのだよ」
 キミは、日本を丸ごと監督するつもりなのか?
「当然じゃないか」
 しかしそりゃサッカーの代表監督の職域を超えているぞ。
「日本が変わらないで日本のサッカーが変わると思うか?」
 たとえばの話、キミは、日本の野球選手や相撲取りをコーチできるのか?
「できるとも。先日タカノハーナには減量を指示しておいた。ジャイアンツのマツーイにも言おうと思っていることがある」
 なんだ?
「彼はもっと前で守るべきだ。センターバックがあんなに後ろに下がっていたのでは攻撃にならない」
 ん?
「ワタシの見るにジャイアンツのディフェンスは、スリーバックを採用しているようだが。センターのマツーイが下がっているのは明らかに良くない。ラインはフラットに保つべきだ」
 ……外野手がフラットに守ったら野球の守備にはならないよ。
「ボランチのニシの活動範囲もちょっと狭い。たとえばニオーカとのポジションチェンジをもっと頻繁にして、」
 いや、フィリップ、だから……
「左ウイングハーフのキヨハーラは使い物にならない。あんなに動かないプレイヤーはハズさないとダメだ」
 フィリップ……

 午後、巣鴨に出動。Y田氏と一緒になったので、今朝のアンゴラ戦について語り合う。
 Y田氏の分析も「ディシプリンの欠如」ということがポイントのようだ。
 うん、ディシプリンだよな。良い言葉だ。誰が発明したのか知らないけど。

 「ディシプリン」は直訳すれば「規律」だ。その意味では目新しい概念ではない。
 が「ディシプリン」と「規律」は、運用上、まるで別の言葉だ。なんというのか、ディシプリンが戦術論や組織論の範疇に属する、ある種知的な用語として機能しているのに対して、「規律」には軍隊用語の手触りが残っている。
 やはり「ディシプリン」は「ディシプリン」。そのまんまカタカナで発音したい。「規律」「統制」という漢字の熟語を使うと、ただでさえアタマを使わない体育会組織の人々を、クソ右翼っぽい「理屈を言うな」の軍隊式思考停止ワールドに追い込んでしまうことになる。
 つまり「規律」を「ディシプリン」という英語に言い替えることで、原日本的な(儒教的、ピラミッド的、長幼の序列的、上意下達的、武家社会的、お家大事的)な脅迫的ニュアンスが薄まるわけだ。
 「モチベーション」も同じだ。「気合い」だの「ヤル気」だのという訳語を当てると、とたんに泥んこ根性論の暗闇に舞い戻ってしまう。
 ん? 横文字を使って気取ってるだけじゃないかって?
 そうかもしれない。
 でも、気取るということも時には大切なのだよ。
 っていうか、アツくなりやすい運動部員の諸君を適切なメンタルコンディションに導くためには、インテリぶっているぐらいの態度がちょうど良い。
「こらあ、タハラぁー、オトコ見せろぉ」
 みたいな世界に突入すると、一発でアタマがカーッっと熱くなって知能指数が5割減になっちゃうからね。
 とはいえ、たとえば鹿児島実業サッカー部のフィールドなんかでは
「てめえらカントクの言うことが聞けねえのか」「先輩の命令は絶対だぞ」「1年はタマ拾い」「オラオラオラ、てめえら気合入れてやるから並べ。ビシッ」「声出していけぇえぇええ」
 ってな調子でIQを下げることだけが過剰なプレッシャーを克服する唯一の方法だったりするのかもしれないわけですが。


6月23日 土曜日 曇り
 朝寝。
 昼前にテレビをつけてみるも、10分でスイッチオフ。どのチャンネルを見ても休日のオヤジ向けバラエティばっかし。全局横断的に腐っている。解説屋さんたちのレベルの低さにもうんざり。ネットの方がずっと勉強になる。どっち方向に偏っているのであれ、ネットで出くわすご意見や憶測には少なくともオリジナリティがある。
 対して、テレビに出てくるコメンテーターは、穏当なことしか言わない。落語に出てくるご隠居だってもう少しトンがってるぞ。
 いや、穏当なコメントがいけないというのではない。解説屋さんご本人の見解が結果として穏当な線に落ち着くのは、ああいうメディアで語る以上仕方のないことだ。が、5秒のコメントで問題を片付ける前に、せめてそのコメントに辿りつく過程で検討した(したんだろ?)不穏当な見方を紹介するとか、世間の片隅でくすぶっている偏向したご意見について反論をくわえておくとか、それぐらいのことをしたってバチは当たるまいと思うのだが、オレは間違っているか?
 間違っている?
 どういうことだ?
「だからさ、視聴者が欲しがっているのは、解説なんかじゃないってことだよ」
 じゃあ、何だ?
「結論だよ」
 けつろん?
「そう。検討も議論も経ない、30文字以内の結論。もっとも多少知的な連中は表形式で整理された図式的な現状分析みたいなものを欲しがるけど、それにしたってA4ペラ1枚以内にまとまってないと受け入れてくんないんだから」
 ほほう。じゃあ視聴者はバカだ、と。
「違うか?」
 違わないかもしれない。確かに、あんたの番組の視聴者はバカだろうさ。でも、その理由は、あんたの番組がバカだからだぜ。バカな番組だから、バカしか観ない。で、バカしか観てないからバカな情報を流す。バカなループだよ。でも、一番バカなのは、このバカげた無限ループから一歩も踏み出さないでいるあんたたち自身なんだってことは認識しておいた方が良いぞ。
「じゃあ、有益な情報を提供すれば賢明な視聴者を獲得できるとキミは言うんだな」
 当然だろ。
「ははは。一番バカなのはおまえだよ。オレらが求めているのは、賢明な視聴者なんかじゃない。いいか? われわれが確保したいのは単に数の多い視聴者だ。ってことになると、当然そりゃあんまり賢明じゃない人たちってことになるだろ? 違うか?」
 違わないかもしれない。でも、そのバカな視聴者の連中だって、自分たちをバカにされていることに気付かないほどバカじゃないぞ。
「気付かれたとしてどこがまずいんだ?」
 マズいな。考えてもみろよ。視聴者は、自分たちがバカにされていることを知っていながら、仕方なくキミたちのバカな番組を観ているんだぜ。つまり彼らがキミらの番組を観ているのは、ほかに選択の余地が無いからに過ぎないわけだ。とすれば、多チャンネル化が実現した瞬間に、キミらは見捨てられることになるじゃないか。
「どうかな? あんたは知らないかもしれないが、バカってのは似てるんだ。みんな似たような情報を欲しがるんだよ。で、同じ方向を向いて、同じことをしたがるんだ。だから、多チャンネルになったところで、多くの人間はこれまでと似たようなバカ情報にチャンネルを合わせると思うよ」
 甘いな。テレビが多チャンネル化したら、バカも多チャンネル化する。つまり、今後、番組制作者は、画一的なバカじゃなくって、多様なバカを相手にしなけりゃならなくなるわけだ。そんなことがキミらにできるか? キミらは、バカな視聴者の考えなんていつでも読めるつもりでいる。が、そうはいかない。本来は相手がバカだからこそ、考えを読むことも行動を予測することもできない、と、そういうものなんだよ。むしろテレビ発生以来のこの四十年ほどの流れの方が、バカ史的には例外だったわけだ。
「バカ史? なんだそりゃ」
 キミたちは、情報の量さえ確保できれば大衆操作が可能だと考えている。が、そりゃ違う。マニピュレーションの成功は、情報の量ではなく独占度に依存している。ってことは、キミらの手法は、メディアの寡占状況を容認する電波法の庇護のもとにあったってだけの話で、特に優れていたわけでもない。早晩すべて無意味になるよ。
「じゃあ、これからは誰がバカをリードして行くんだ?」
 バカだなあ。バカっていうのはそもそもリードできるようなものじゃないぞ。リードしてきたと思っているんだとしたらそりゃ思いあがりだよ。テレビが時代を作って来たと思っているのも、全部あんたたちの錯覚。キミらはバカな連中に操られてバカな踊りを踊っていただけだよ。むしろ操作されてたわけさ。
「ってことは、バカが一番賢いってことになるけど? そういう論旨なのか、この話は」
 当然じゃないか。常に多数派に与するってことほど賢明な処世がほかにあるか?

ball20.gif浦和レッズVSコンサドーレ札幌
 テレビ埼玉にて観戦。2-0で快勝。2点はいずれも永井。素晴らしい。
永井はどうやら本格的に化けたようだ。結婚してメンタルが安定したのかもしれない。永井の嫁さんに感謝。
トゥット、伸二は相変わらず好調を維持。アドリアーノも別人のようなプレーぶり。どういうことだろう。
ここ数試合、ヤマダのパス精度が上がっている。最初はマグレだと思っていたのだが、どうやら今日のデキを観ていると、ヤマダは成長したようだ。本当なのか? 信じて良いのか?
というよりも、個々の選手の技術的な問題よりも、DFの安定がチーム全体を良い方向に向かわせているということなのかもしれない。とすると、ディフェンス安定の原因は何だろう? N野の離脱? いや、そういうことを言うのは良くない。みんなががんばっているから。

※イチロー、首位打者に浮上。
 素晴らしい。
 にわかファンとしてもうれしい。
 あんまりNHKの目論見通りでシャクなのだが、4月以来、早朝のマリナース観戦が習慣化している。
 スタメンとローテーションのピッチャーあたりはすっかり暗記してしまった。
 イチローの打撃成績(ESPNのホームページで毎日確認してたりするわけだよ)も、ほぼアタマにはいっている。
 バカ。
 かまうものか。
 賢人とはバカなことに熱中できる人間のことだ。
 有意義な仕事に熱中するのは、単なる欲深。