3月4日 日曜日 雨
 約3ヶ月ほど更新を怠っておりましたが、本日より再開いたします。
「今度更新する時には、未入力分のメモを大量にテキスト化して、バーンと登場するぞ」
 などと考えておったのですが、こう考えた結果が3ヶ月の更新途絶でした。
 つまり、上述したような「完全更新」を前提とした場合、「更新停滞が長引けば長引くほど再開のための作業がデカくなる」わけで、私はこのワナにハマっていたわけです。
 というわけで、停滞期間中のメモはとりあえず打っちゃって、今日から新たに始めることにします。
 インド紀行も、ヒマができた時にアップということで。

 休み中、問い合わせ、督促、励ましなど、さまざまなメールをいただきました。
 いずれにも返事を出しておりません。
 この場を借りておわびしておきます。
 弁解をさせてもらいますと、
「返事を出さなければならないメールがある程度たまってしまうと、手をつけられなくなる」わけでして、その理由もまた、「全部のメールに返事を出さないといけない」という圧力に帰結したりするわけですね。なんというのか、「特に緊急に見えるメールにだけ返事を書く」という柔軟な対応がとれなくなってしまうんですね、煮詰まると。
 で、緊急なもの、お気楽なもの、失礼なものふくめて、すべてのメールについて返事を出さないという、なんだかよくわからない対応でこの3ヶ月をのりきってしまいました。
 Jリーグも再開いたしますことですのて、今日からは、きちんと返事を出そうかと思っています。
 停滞期間中の未返事メールにつきましては、これもヒマをみてボチボチということでご了承ください。

 更新を怠っていた理由を一応説明しておきます。
 簡単に言えば、インドから帰って来てからちょっと疲れたということです。
 彼の地で大量に写真を撮ってきたことがさらに状況を悪くしました。つまり、「ひとつバリっとしたインド紀行の特別ページを作らねば」という、イヤな義務感が生じてしまったわけです。そう、私のようなタイプの男にとって、義務感は行動の足かせになる場合の方が多いのです。
 では、どうしてインドで疲れたのか。
 たいしたことがあったわけではありません。
 おそらく、慣れない英語を使って丸1週間を過ごしたために、脳味噌が肉離れを起こしたのでしょう。
 いや、脳味噌というよりも、人格かもしれません。(「外国語を使うということは自分の中に別の人格を飼うということだ」と誰かが言っていましたが、至言だと思います。私の場合、英語をしゃべるオダジマは、私とはまったく別タイプの男です)。
 具体的に申しますと、拙い英語でコミュニケートするために私が採用した方法は、
 であったわけで、まあ、旅行者の一般的な態度といってしまえばそれまでです。
 で、これは現地ではおおむね成功したのですが、帰って来てみると、反動が出たわけです。
 
 元来、私には陽気で多弁で社交的な一面と、それとはまったく正反対な一面(不機嫌で寡黙で内気な……)が同居しています。いや、誰でもある程度はそうなのかもしれませんが。
 で、ふだんは、その二面性を適当に使い分けながらバランスをとっているわけなのですが、たまに海外に出かけたりすると、ヘンに頑張ってポジティブ一本槍の青年海外協力隊員式人格変容をやらかしてしまうわけで、それで失敗するわけです。
 渡航前のしばらくの間、準ひきこもり生活をしていたこともあって、帰国後の反動は、ちょっとキツかったです。
 まあ、久しぶりの草野球で全力プレイをしてしまったオヤジが、翌日からひどい筋肉痛に襲われている姿みたいなものですね。
 思い起こせば、私の人生にも、フレンドリーな社交家であった何年間かが、何回かあったわけですが、あれはどういうわけだったのでしょう。
 まあ、これを機会にちょっと反省して、あんまり出すぎることや、逆にあんまり極端にひきこもるようなことはいましめようかなと思っています。
 というわけで、今日のところはとりあえず帰朝報告ってことで。


3月6日 火曜日 晴れ
 巣鴨に出動。
 北本通りを走行中、白バイに停車を促される。転回禁止違反らしい。
 おとなしくクルマを路側に寄せて、万全の弁解を開始。
 ところが、先方もこちらに負けずに低姿勢。
「お急ぎのところ申し訳ありませんが、ここは転回禁止ですので」
 とか、まるで銀行の窓口の兄ちゃんみたいな慇懃な口調で来る。
 経験から言ってこういう展開はよくない。
 高圧的に叱りつけてくるタイプの白バイは、違反切符をかんべんしてくれるケースが多い(←説教をくらわしたことで満足してしまうのかもしれない)のだが、紳士的な態度のポリスは、まず間違いなくキッチリと切符を切るものだ。
 今日の白バイ君はといえば
「住所、本籍などは、免許証の記載と変わっていませんね?」
 と、免許証を手にした瞬間から既に違反切符筆記モードに突入している。
 なるほど。ぐだぐだ言い訳をしてもムダなようだ。で、急に手のひらを返して
「急いでるんだからさっさと処理してよ」
 と、イヤミを言ってみる。
「はい。なるべく急ぎますので」
 ……殊勝な返事。
 下手に出るおまわりというのも、それはそれで神経にさわる。
 くやしい。
 Uターン禁止の標識も無い(路面にも書いてない)し、右折信号がついてる。当然Uターンはオッケーだと思っていた。が、白バイ君によれば、「転回禁止の標識は、進行方向に転回禁止解除の標識があらためて表示されるまで継続的に有効なのです」とのこと。おい、そんなこと全然知らなかったぞ。
 それにしても、なんというわかりにくい標識体系だろう。指定方向以外通行禁止(右折禁止とか)や、駐車禁止、進入禁止などについては交差点ごとに表示されることになっている。なのに、転回禁止だけが例外なのか? ワナみたいだぞ。

 ちょっとムカついたので
「なんだかワナみたいですね」
 と言ってみた。
 先方は
「はあ。どうもすみませんねえ」
 と、書類を作りながらアタマを下げている。
 おい。おまわりが簡単に謝って良いのかよ。
 警官にアタマを下げてもらってもあんまりうれしくないということがよくわかった。だいたい切符を切られながら威張っているオレは何なんだ? 手錠姿で虚勢を張ってるチンピラと同じじゃないか。みじめだよな、こういうのは。
 こういう時は。
「おまわりさんも寒い中大変ですねえ」
 とか、そういうねぎらいの言葉をかけたりしつつ、それとなく言外に肉体労働従事者に対する蔑視を匂わせるのが吉だったかもしれない。いや、これもまたくだらぬ虚勢の一種かもしれませんが。
 ともあれ、おまわりさんにはなるべくなら高圧的であってほしい。かつ独善的で押し付けがましくて、大柄大声東北訛りであってほしい。ついでに、情にモロかったりしてくれるともっとうれしい。
 な。たのむよ、ビッグブラザー。

 この冬はツイていない。つい半月ほど前にも、新河岸側の土手沿いの道で速度取締りにひっかかっている(30khm制限の道を22キロオーバーで罰金15000円)。
 最近、いわゆる「ネズミ捕り」式のスピード取締りをまったく見かけなくなっていたので、警察はあの手法をあきらめたと思っていた(←違反切符を切られたドライバーが、スピードガンの誤差やら車体の同定について裁判で争ったケースがあって、そのうちのいくつかで警察が負けたという話を聞いていたものですから)のだが、どっこい裏道でやっていたようだ。
 この十年ほど、警察の交通取締りは以前のようなだまし討ちが減って改善傾向にあると思っていたのだが、ここへきて、なりふりかまわぬ件数主義が復活してきたのであろうか。
 駐車違反の摘発(←簡単でアガリがデカいうえに、ドライバーの反発も比較的少ない)一本に絞った方が、ドライバー、警察双方のためだと思うのだが。

 ムカついた勢いで、交通行政についてちょっと思うところを書いておく。
 日本の交通標識はおかしい。「禁止」と「許可」の体系が無原則に混在していて、通常のアタマの持ち主には理解できない。
標識の有効範囲も標識ごとに違っているし、但し書き(時間指定とか車種指定ごか)が付く場合も多い。どういうことなんだ? わざと混乱させているのか?  一例をあげれば、都内のあらゆる道路の入口と出口に「駐車禁止」の標識が立てられている現状は、明らかにどうかしている。環八の環の中は原則としてすべて駐車禁止なのだからして、特別に駐車できる道路だけに「駐車可」の標識を立てる方が分かりやすいにきまっているではないか。コストだって何万分の一で済むはずだ。
 いや、わかっている。
 コストが下がると困る人たちがいるのだ。というのも、交通標識を作ったり設置したり運搬したりメンテナンスしてたりするのは、実は、警察官僚の天下り機関の人々であったりするからだ。
 そう。彼らにとっては、標識は煩雑であった方が良いのだ。その方がメシのタネが増えるのだから。だからこそ、幅員6メートルの農道まがいも含めたあらゆる狭隘な住宅地の街路が、交通を妨げる標識でいっぱいになっているってわけなのだ。
 しかも、デカい交差点には標識が全部で20個もついていたり(←到底走行中に視認できる数ではないですよ)する。それでも彼らはかまわない。標識が見にくくて違反が増えたら、それだけアガリが増える。それだけの話だ。
 「60高中」(←「高中速車は60キロ制限」の意。いまどき低速車なんて走ってるのか? 荷馬車だとか、リヤカーだとかがさ)みたいな無意味なペンキ標識が路面にえらい頻度で書かれていたりして、それがバイクのスリップ事故を誘発していたとしても、彼らの心は一向に痛まない。より包括的な視点から見れば、すべてのライダーがスリップ事故で死んだ方が交通安全のためには良いことだからだ。いや、私が言っているのではないよ。彼らがそう考えているということだ。彼らにとっては、ドライバーもライダーも、肉になる前の家畜と同じです。群れから外れた羊は、牧羊犬に連れ戻されて、ムチで打たれる。でなければ狼に食い殺される。合掌。

 思うに、「違反を取り締まると反則金が入る」という構図がいけない。
 このシステムが動いている限り、交通違反は交通警察にとって歓迎すべきもの(だって貴重な収入源ですから)ということになってしまう。
 本末転倒だ。
 本来なら、交通警察のゴールは違反を減らすことであるはずだ。とすれば、違反の増加は彼らにとって恥辱ないしは、不手際と考えねばならないはずのものではないか。
 で、提案。
 交通警察の予算(あるいは、交通取り締まりにたずさわる警官の給与)は、交通事故の件数に反比例する形で算定されるようにする。つまり、事故が増えたらそれだけ予算(あるいは給料)が減るってわけだ。うん、いいぞ。
 さらにもう一歩踏みこんで、「違反が増えると給料が減る」にしても良い。
 でもまあ、これは現実的ではなかろう。どうせ現場の警察官が違反の増加を嫌って取り締まりを放棄するだけだろうからして。
 ともあれ、せめて、「違反の摘発が収入源になっている体制」だけは改めねばならない。
 交通違反の反則金を、警察とまったく無縁な組織の資金源にするというのはどうだろう。たとえば、福祉、教育でも良いし、環境行政に回しても良い。いっそ、交通違反の反則金は彼らの大嫌いな共産党に全額寄付ってなことにしても良い。
 どうだ? ビッグブラザー、

 巣鴨まで足を伸ばしたついでに上富士前で福祉介護用品の店を覗く。
 うーむ。
 

 

3月7日 水曜日 晴れ
 1日中寝る。
 午後になっても起きあがる気力が湧いてこない。
 どうしたというのか。
 夕方になって熱をはかってみると37.6度。おお、風邪をひいたようだ。 
 素直に寝る。
 病気には勝てない。
  
 
3月8日 木曜日 晴れのち雨
 引き続き寝て過ごす。
 熱は下がらず。37度台中盤を行ったり来たり。
 悪寒、関節の痛み、咳、ノドの痛み。風邪薬のビンに書いてある「風邪の諸症状」そのままの症状。
 オレは案外教条主義者なのかもしれない。
 
 午前中。Y田氏がtotoの申しこみ用紙を持って訪れる。なんでも赤羽では「北運動公園近くのローソンの隣のほっかほか亭」にしか置いてないんだとか。なんでまたあんな目立たない場所に。
 
 好奇心は、元来、無害なものだ。
 が、フットワークを欠いた好奇心は、欲望と区別がつかなくなる。
 となると、それはあんまり無害なものではない。
 欲望は往々にして破滅に直結している。
 しかも、ある人々は破滅そのものに対して欲望を抱く。
 やっかいなことだ。

 今日の段階では、私は予想を楽しんでいる。
 試合の当日、私は楽しんでいられるだろうか。
 単に賞金目当ての亡者になっているかもしれない。

「レースに没入する無心な男たちの横顔」
 てな調子でJRAのCMは、詩的な映像を流している。
「馬が好きだから」
 うそをつくなよ。
 馬券を買ってる連中の目当てがカネじゃないとでも言いたいのか?
「夢を買う?」
 ふん。
 ハズれた馬券に「夢」があるのか?
 あるはずがないじゃないか。
 それとも、夢は、当たった馬券の中にあるということなのか?
 違うな。当たった馬券は、単にカネだ。
 とるすと、夢というのは、レース前の馬券か?
 いずれにしても、えらく俗っぽい夢だぞ。

   

3月9日 金曜日 晴れ
 発熱続く。
 どうしても37度台から下がらない。喉の痛みもひかない。
 午前9時に近所の診療所を訪れる。
 午前9時10分に初診のための書類を書いて、待合室で待機。1時間半ほど待って診察。
「いわゆる風邪ですね」
 ということで診察は2分で終了。
 診療後、会計待ちに20分。薬局に出向いて薬待ち5分。
 37度5分程度の熱だったから良かったようなものの、これで39度の熱があったらとてもじゃないが医者通いなんかできないではないか。
 帰宅後、totoの申しこみを家人に託して、終日床に就く。
 

3月10日 土曜日 晴れ
 まだ熱が引かない。
 さすがに丸3日寝ていると、ちょっと動くだけで息が切れるようになる。
 午前9時に起床。10時、午後からのグランパスVSレッズ戦観戦に備えて再び寝る。
 ところが、目を覚ましてみるとなんと午後4時。既に試合は終わろうとしている。しかも0-2で負けている。
 試合はそのまま終了。
 その後、BS-iにて横浜Mvs神戸をちょっと観て、BS1でFC東京VSヴェルディ、さらに引き続き柏VS清水の試合をうとうとしながら観る。
 今回のtotoは丸ハズレ。4試合ハズしたんでは話にならない。
 熱も引いたことだし、今夜は原稿を書かねば。